第31話 裏を返す
「飯いこうよ!いいじゃん!ただで旨いもんが食えるんだから!で?いつにする?」
三十分前に勝手に場内指名(フリー客から取る指名)された客から、早々に店外(客と嬢が店の外で会うこと。客からすればデート気分だが、嬢からすれば苦痛な無料奉仕。太客((大枚を叩く指名客))が相手なら接待)の誘いだ。
キャバクラに勤めているとこんな犯罪級の押しうりに遭遇するのも珍しくない。
『肩のフケ払ってから誘え!小汚ねーオヤジと飯食ったってリバースすんのがオチだろ!』
「お鮨、大好きなんです!連れていってください!」
「美味しい焼肉が食べたいな♪連れていって!」
日本酒でもワインでも映画でも遊園地でもドライブでも、なんでもどこでもかまわない!
魅力的な男性には女性のほうから声がかかるものだ。
モテない男は女性に誘われた経験がないからか?
女性も自分と同様に誘われないものだと勘違いしている。
キャバ嬢は引く手あまただという想像力がなく、誘っているのは自分だけだと勘違いしている。
現に、
「今、三十人待ちだから、仮にいけるとしても来年以降だね」
とかわすと、
「えっ!?そんなにお客さんに誘われるの!?」
と真顔で驚く。
「君は素敵だからモテるんだろうね……。どうすれば僕につき合ってくれる?お店にたくさん通えばいい?シャンパンでも飲む……?」
「君は人気者だから僕だけが独占するわけにはいかないものね……」
そんなふうに女性や嬢の価値を尊重しながら慎ましくアプローチされたら……。
『来店頻度も高いし、結構な金額も落としてくれているし……食事ぐらいつき合ってあげてもいいかな』
と思えるのが人情だ。
モテる男性はモテる女性の心理を知っている。
みずからも引く手あまたで、優先順位や仕事や趣味の時間との兼ねあいで、スケジュール調整が難航するのを体感している。
苦手な異性から執拗に誘われるうんざり感も知っているだろう……。
その昔、花魁と同衾するには最低三度は登楼し、盛大な宴を開かなければならなかったという。
一度目の“初会”では花魁とは視線も言葉も交わすことを許されず、二度目の“裏”で指名した花魁の名札を裏返すことから“裏を返す”という言葉が生まれた。
転じて今ではキャバ嬢を初めて本指名(※フリー客から取る場内指名では嬢の売上にならないシステムの店もある。次回、本指名で入店すれば税・サを除いた小計が嬢の売上になるのが一般的)することを言う。
三度目の“馴染み”で“床花”という御祝儀を払い、ようやく花魁と同衾できたのだとか……。
「最近の客は“裏を返す”ってことを知らないよねぇ……」
ベテラン嬢が待機席で嘆く。
熟キャバ嬢が花魁格かと訊かれれば疑問だし、裏を返されたところで同衾はしないが、店外に誘うにも礼儀作法があるのだ。
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