第29話 ザ・不毛

 ※40代サラリーマン。

 ※役職なく、機知や金もない。

 ※独身で一人暮らし。

 ※彼女なく、男友だちも少ない。

 ※自腹飲みのピンフリー。


  彼らとの典型的なやり取り……。


「本当に熟女なの?いくつ?」

「〇〇歳です」

「えっ!?嘘でしょう!?だって皺とかシミとか全然ないじゃん!つるっつるじゃん!整形してんの?」

「してませんよ!年齢詐称しなくてもいい熟キャバでわざわざ(ほかの嬢たちみたいに)嘘なんてつきませんよ」

 私は特別美人ではない。

 美人でもないのに美人風を吹かせる残念なタイプでもない。

『ふだんどんだけきったねー女ばっか見てんだ!?』

「子ども何人いるの?」

「いませんよ」

「旦那は?」

「独身ですよ」

「彼氏は?」

 この手の質問をされた時点で相手の頭の程度がわかるので、敬語を外す。

「今はいないね」

「真面目かっ!『たくさんいます!』とか言えよ!」

「は?いてもいなくてもとりあえず『いません!』って言うでしょ。職業柄『います!』って言えるわけないんだからさ。まぁ今は本当にいないんだけどね……」

 本当は、いる(笑)。

 ハウスボトル(客席に備えてある焼酎やウイスキーなどの飲み放題のボトル)のウイスキーの水割りをステアしながらジャブを打った。

『使いふるされた野暮な質問すんな!バーカ!』

 実は、

「いるいる!たくさんいる!両手に余って毎日一人ずつ会っても一週間じゃ足りなーい!」

ってパターンもある。

 要は客と私の相性しだいだ。


「あー……。今は、ってことは前はいたんだよね?」

「そうだね」

「何年前の話?何年つき合ったの?相手の歳はいくつ?なんで結婚しなかったの?なんで別れたの?」

 他人の人生を想像できない“なんで?なんで?星人”降臨。

『お前に話したところで男女の機敏がわかるんか?』

 適当にあしらう。

「えー。じゃあ最近セックスしたのいつ?」

「してないでしょ。相手がいないんだから」

「そういう優等生的なのは要らないから!」

「じゃあさっきさっき!さっきしてきた!」

『あー!面倒くせぇ!』

「ここ(仕事)にくる前に!?」

「そうそう!ホヤホヤ!」

「やっぱすごいなぁ……」


「一杯頂いてもいいですか?」

 敬語に戻してみる。

『十分戯れ事につき合ってやったろ!御褒美よこせ!嬢に先に言わせんな!お前がふれよ!』

「駄目だよ!そういう甘やかしは!」

 警戒していたのだろう。

 被せぎみに即答しやがった。

 ケチの典型だ。

『いっしょに酒を飲むのが大前提の飲み屋で、客が嬢に酒をふる舞うのが甘やかしなんか!?』

「甘やかし、なんですか?」

「そうだよ!そんな出あったばかりでなんて甘いよ!何度か会って『あー、この間はどうもー!』って、覚えててくれたら飲ませるよ!」

『なんて浅ましい!ドリンク(有料)ケチんならそもそもキャバクラなんかくんじゃねーよ!』

「なるほど。ずいぶん“珍しい考え方”ですね。まぁお客さんの自由ですから“仕方ない”ですね……」


 それから、しばらく金目の話をしてやった。

 私の指名客のステイタス、ふだん使いしている高級同伴店、店で卸してもらう高価なワインやシャンパン、貰ったブランド品の数々……。

 必要以上に盛ってやった(笑)。

 飲み屋でのケチはマナー違反であり、罪悪だと教えてやった。


「〇〇って女優に似てるよね。クールっていうか……。俺なんかが声かけちゃいけないような……。落とせないような……」

 そのとおりだ。

 お前に私は落とせない。

 無人島で二人きりになっても、この世で二人きりになっても、だ。

「飲み屋だからね。落とす落とさないで考えないほうがいいよ。大人の社交場だからさ。それを楽しまないと……」

「ふぅーん……」

『命がけで大枚叩いてから誘え!』


「〇〇(私の源氏名)さん!」

 つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)が抜きにきた。

「LINEとか交換しない?」

「ん?じゃあいても(場内指名((フリー客から取る指名))してもらっても)いいですか?私、御指名のお客様としか連絡先は交換しないんですよ」

「じゃあ、また今度……」

 ケチは有料を断るのだけは迅速だ。

「あっ!名刺!貰えない?」

「名刺持ってないんですよ。おじゃましましたー」

 私は逃げるように抜けた。


 名刺はキャバ嬢の顔だ。

 持っていないはずがない。

 通りすがりのくせに嬢の大切な個人情報をただで入手しようなどとは、厚かましいにもほどがある。






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