第28話 合同営業
ゴールデンウィークは毎年、店はキャストの出勤人数を調整して系列店と合同営業する。
ゴールデンウィークにかかわらず連休中は、系列店を抱える飲み屋はどこも同じようなミニマム営業だ。
通常の客入りが見こめない時分でさえ
『もしかしたら、もしかする!』
と店を開けつづけずにいられない強迫観念は、水商売に携わる人間の悲しい性だ。
十連休で、恋人のある客は恋人に帰り、家族に愛される客は家族に帰り、単身赴任者もひとまず帰省して、残るのはどこからも声のかからない暇を持てあました独身者だけだ。
客層はそんなモテない男と、プチ同窓会終わりの冷やかしと、おのぼりさんぐらいだ。
指名につながらない安客の相手をしたところで疲弊するだけなので、私は指名客の来店予定がなければ出勤を見あわせていた。
先日、馴染みの社長連中がプライベートで上京するので一日だけ出勤した。
私の指名客はその業界では中堅の世襲社長だ。
家柄や人柄がよく、紳士的で聡明で清潔で堅実で自由。
多角的で実に魅力的な男性だ。
「俺ら田舎もんだから……」
と、いつもこちらを油断させるが、糊の利いたドゥエボットーニをさらりと着こなしている。
「いらっしゃいませー♪お久しぶりですー♪ご連絡ありがとうございましたー♪」
合同営業では系列店から出むく下品な嬢たちも居あわせてしまう。
いつものスタメンが欠勤なうえ、来店時間も早くキャストも揃っていなかったので、枝(指名客の連れ。指名客を木の幹に、連れを枝に例える)に系列店の婆さんがついてしまった!
婆さんには元々NGを出していたのだが、連休ボケしたつけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)がうっかりしてしまったのだ!
婆さんは出勤前に一杯引っかけてきたらしく上機嫌だった。
誰得なのか!?
ただでさえ短いワンピースの裾がずり上がっている。
「あーん♪いらっしゃーい♪やーん♪可愛いー♪」
枝である社長につくなり、しなだれかかった。
社長が身をかわす。
「なーによぅ!」
拒否されるのは心外とばかりに婆さんがさらに詰めよる。
「やめろ馬鹿!くっつくんじゃねー!」
冗談混じりではあったが本気で嫌そうだ。
彼は私の指名客とは対照的な人だ。
私の指名客が静と動の静なら、彼は動の人だ。
「だー!もぅ!わかったからぁ!」
キスを迫られた彼が歯を食いしばりながら、婆さんの顔面を手のひらで押しもどしている。
のけ反りながら
「若いエキスがぁ×××××!」
とかなんとか叫ぶ婆さん。
「〇〇(婆さんの源氏名)さん!いったん、落ちつこうか!」
私は慌てて婆さんの後ろにまわり、婆さんの鎖骨に自分の腕を閂のように渡して阻止する。
「お神酒が入ってるみたいで。すみません!」
婆さんの代わりに謝る。
『おいおい!スタートダッシュにもほどがあんだろ!営業妨害なんだよ!色情魔が!』
「すみません!“ウチの店の子”じゃないんで(下品なんです)!」
ゆらゆら揺れていた婆さんの動きが一瞬、ぴたりと止まった。
『あ!?なんだ、ヤるんか!?ヤるならあとでとことんヤったるわ!』
「ちょっと、すみません……」
私は社長たちに断わって中座し、つけまわしに抗議しにいく。
「ねぇ!あいつNGだって言ったじゃん!マイナス(マイナス営業。接客がマンツーマンに満たないこと)でもなんでもいいからさっさと抜いて!」
「わ、わかりました……」
私は席に取って返した。
「〇〇さん!」
さっそく、つけまわしが婆さんを抜きにきた。
「えー!?もぉーお?早くなぁーい?」
「また今度ねー!」
私が促す。
「やーん♪さみしーぃ♪」
科を作って粘る婆さん。
「また今度ねー!!」
私はさらに圧力をかける。
婆さんはつけまわしに腕を引かれて連行された。
このあと“説教部屋”いきだろう。
だが、常習犯の婆さんは右から左に聞きながすだろう。
「お見ぐるしくてすみません……。“あんなの”ばかりじゃないので……」
私の怒りは収まらない。
「災難だったね……」
私の指名客は苦笑したが、婆さんに担当された彼は目ン玉をひん剥いて私に抗議した。
「いやいやいやいや!だって、ただのババアじゃん!何が悲しくて……」
私も苦笑するほかなかった。
『そりゃそーだ!せっかく楽しく飲もうと思ってきてんのに、何が悲しくて、高い金払って色情魔のババアの相手させられてんだ!』
災難を巻きかえすように談笑していると嬢たちがちらほら出勤してきた。
馴染みの顔が見えたので、つけまわしが不適切な嬢をつけてしまう前に、私が適切な嬢を場内指名(フリー客から取る指名)した。
枝についてもらうなら、話上手で飲ませ上手なさばけた嬢がいい。
赤ワインのボトルとつまみを頼み、楽しく2セット(※系列や店により1セットは45~60分程度)過ごして、お見おくりした。
待機していた嬢たちがいっせいに立ちあがったが、ほかの席でも飲んだのだろう、婆さんだけがソファーにだらしなく沈んで寝ていた。
昼夜働いた稼ぎで若いツバメに貢ぎ、惚れては棄てられ、をくり返す婆さん。
『男漁りや自暴自棄ならほかでヤれ!水商売は遊びじゃねーんだ!遊びてーならさっさと帰れ!お前どの黒服(男性従業員。黒いスーツを着用している)と寝て甘やかされてんだ!?私の聖域荒らしたら全面戦争だかんな!』
だが、その後、婆さんからの詫びも、婆さんとの対決もなかった。
婆さんが問題児でもクビにならないのは枕営業で稼いでいるからだ。
それで、婆さんの心身が痛もうが何しようが店は知ったこっちゃあない。
キャバ嬢なんて使いすてだ。
稼げなくなったら、若いツバメが婆さんにするようにポイッと棄ててしまうだけだ。
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