第26話 万年平社員
系列店から新店長が配属されてきた。
この店の前支配人が退社したからだ。
退社したと言えば聞こえはいいが、クビを言いわたされる前にへっぽこ自尊心から自主退社したまでだ。
入社して一年ほどの前支配人は、メンヘラ嬢(※先だって退店した)との風紀(黒服((男性従業員。黒いスーツを着用している))と嬢が恋仲になること。元来は罰金制)があり、自分になつかず正攻法で仕事をする嬢への冷遇や、礼節を欠く接客上のトラブルが続いた。
能力を買われていれば、えこひいきやトラブルのひとつやふたつ相殺されただろう。
だが、元支配人は人手不足ゆえに置いてもらえていた“数合わせ”にすぎず、惜しまれて退社して後々引きもどされる有能な黒服とはわけが違った。
支配人と言えば聞こえはいいが、要は店長の器量がなく、いつまでたっても昇格できない黒服の総称だ。
系列や店により、店長代理、副店長、フロアマネージャー、主任と呼称はさまざまだ。
有能な黒服は入社間もなく成果を上げて店長に任命され、高速で幹部に昇格して現場を離れてしまう。
なので、現場に残るのはクズばかりだ。
百戦錬磨のオバチャンたちは、日々このクズたちにイラつきながら仕事をしているのだ。
「僕ぅー、前にぃー、この店で(ボーイとして)働いてたんですけどぉー、今回初めて店長をさせてもらうことになったんですよぉー!」
急ごしらえの新店長は勤続十数年で、ようやく店長に任命されたのだ。
己の無能っぷりを露呈するだけだというのに、浮き足立って吹聴していた。
案の定、初日から支障が出た。
「あの、お願いがあるんですが……」
私は指名客がトイレに立った隙に新店長に話しかけた。
「今からもう一組お客さんがきます。上司がいっしょなので私がお相手することになります。来店したらすぐにこちらから抜いてそちらに長めにつけてください。大切なお客さんなので上司には粗相のない〇〇さんや〇〇さんをつけてください」
まだ、キャストの顔と名前を把握していないだろうと丁寧に説明する。
新店長が口を半開きにして聞いている。
生理的に受けつけない、馬鹿さ加減があった。
「こちらのお客さんは長いつき合いで融通が利くので大丈夫です」
「わかりました……」
『本当にわかったんか?』
指名客がトイレから戻ったので、おしぼりを渡して出むかえた。
そちらに長めにつけるということは、こちらに短めにつけるということだ。
そんなことは子どもにだってわかることだ。
だが、新店長はそちらが来店したというのにこちらの私を抜きにこない。
枝(指名客の連れ。指名客を木の幹に、連れを枝に例える)である上司に指示した嬢がついて安心したが、私のヘルプ(指名嬢が同伴((買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること))や指名被りの際に手伝いをする嬢)が薄汚ない枕営業の女で、嬌声をあげて大げさにしなだれかかっているのが見える。
「ちょっと待っててね……」
私は慌てて中座して
「抜いてもらってもいいですか!」
と新店長に詰めよる。
「あー、はい……」
「さっき伝えましたよね!?」
「あー、はい。わかりました……」
いったん、席に戻ろうとすると
「〇〇(私の源氏名)さん少々お借りします!」
私が腰を下ろすか下ろさないかのタイミングで追いかけてきた。
『馬鹿野郎!それじゃ、私が何か指示しに中座したってまるわかりじゃねーか!てか、先にヘルプつけろよ!』
いったん、腰を下ろす。
「お客さん?」
「うん……。でも……(ヘルプがついてねー!)」
「大丈夫だから頑張っておいで!」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと、いってきます!」
指名客を残して中座した。
ぼさっと突ったっている新店長に詰めよる。
「(そちらに)いきましょう」
と新店長。
「先に(こちらに)ヘルプをつけましょう!!!」
と私。
「あ、はい……」
とようやくヘルプをつけるのだった。
難しいことなど何ひとつ要求していない。
だが、その後も新店長は嬢や客とトラブルになり一週間で客引きに降格した。
店長は店全体の潤滑油だ。
潤滑油になれない新店長はいつまでたっても平社員だ。
そんなのが次から次へと投入されてくるのだから、接客以外で消費する余分な労力のなんと多いことか!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます