第25話 バレンタインデーとホワイトデー

 二月中旬。

 バレンタインイベントがあった。

 半年も店に置いてもらって

「私、お客さんがいないので」

と、へらへら笑っている嬢はじきに消えるだろう。

 厳しいノルマはなかったが、自己負担で指名客にチョコレートを“配布”しなくてはならない煩わしさはあった。

 チョコレートの値段はそれぞれの指名客の、ここ一年の私への売上貢献度により異なる。

 下は三百円から上は八千円までだ。

 金を使えない細客は気も使えず、ホワイトデーのお返しなど見こめるはずもなく、そもそも“配布”すること自体が赤字なので、三百円でもドブに捨てるようなものだ。

 金を使える上客は気も使えるので、ホワイトデーのお返しは確実だが、こちらはいつもお世話になっているお礼として贈るので、お返しなどなくてもいいくらいだ。


 二月中旬。

 繊維(来店頻度が低く、金も使わない極細指名客)が三ヶ月ぶりに来店した。

「いらっしゃいませ!久しぶりだね!」

「うん。会合で近くまできたから(私が)いるかな?と思って連絡してみた」

「そう。ありがとう」

 バレンタインデーに照準を合わせたのは見え見えだった。

 どこからどう見てもモテそうにない繊維が、商業的に“配布”されるチョコレートの匂いを嗅ぎつけたのだ。

 それすら、カウントしたがる姿がいじらしかった。

 どこの職場も義理チョコ廃止の風潮だ。

 身内の母親と姉に貰うとして、上限はみっつだろう……。

 お互いの近況報告や最近食べたカップ麺の、どーでもいい話にひとしきりつき合ってから

「ちょっと待ってて……」

といったん中座して更衣室に入り、常温でも品質が劣化しない安価なチョコレートを持って戻る。

「はい、これ。パッピーバレンタイン♪」

 ボーイが延長交渉にくる前に渡した。

「あ、ありがとう!」

 赤い包装紙に“ハッピーバレンタイン”と印字されたハート型のホログラムシールが貼ってある。

 繊維がそれをうれしそうに見ている。

『まだか、まだか……』

と心待ちにしていたはずだ。

 ボーイが延長交渉にくると繊維はハーフ(30分)だけ延長した。

 それでも、指名嬢の私にはドリンク(有料)の一杯すら出さずに帰った。


 その後は下らないLINEの往復に終始しただけで、案の定、三月の来店はなく、ホワイトデーのお返しもなかった。


 二月下旬。

 上客が来店した。

『いついつに、いきます』

とあらかじめ連絡を頂いていたので、こちらも動くタイミングが計りやすかった。

 高価で温度湿度管理が必要なチョコレートはロスが出せないので、必要な時に必要な分だけ入手する。

 繁忙期でも売りきれにならない品や店はリサーチ済みだ。

 私は来店寸前で狙っていたチョコレートを買いに走り、店の冷蔵庫に保管して上客を待った。


 清潔で温厚で聡明で紳士的で下ネタもお触りもない。

 高いボトルが空けば、高いボトルを卸してくれる。

 ほかに飲みたい物があれば、なんでも飲んでいいと言う。

 おなかが空いていれば、好きな物を食べればいいと言う。

 ケチリーマンのように騒がず値切らずスマートに延長してくれ、夜も更けてほかの客が引くと、スタッフも交えて楽しくラストまで話した。

 上客の帰り際、私はバックヤードの冷蔵庫に走り、ごたいそうな箱に入ったチョコレートを持って戻った。

「ハッピーバレンタイン♪」

「あ!ありがとう!」

 単身赴任者はさておき、既婚者なら店内でつまむか鞄に忍ばせられる小サイズの箱を渡すかだが、彼は独身なので手土産を持たせても支障がないからだ。

 加えて、男性が提げていても恥ずかしくない黒や茶色の紙袋の店を選んである。

「お休みなさい。お気をつけて!」

 ボーイがタクシーを捕まえるのに同行した。


 三月下旬。

「少し遅れちゃったけど……」

 上客は仕事が多忙ななか、女子ウケするデリカテッセンの紅茶やジャムやクッキーの詰めあわせを届けに来店してくれた。

 私が男なら、こんな男でありたいと思った。

 




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