第23話 醜い光景

 私が店のドアを開けるのは就業30分前だ。

「おはようございます!」

 立ちはたらくボーイやつけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)にあいさつして更衣室に向かう。

 三回ノックして間をおいてから入室する。

 肌もあらわに着替えている嬢がいるのを想定し、猶予を与えるためだ。

「おはようございます!」

「おはようございます!」

 コートを脱ぎ、私の源氏名のシールが貼られたハンガーに掛ける。

『今夜は赤が多いから……』

 ほかの嬢たちと被らない色のドレスを選んでいると……。

「すみません!ファスナーを上げてもらってもいいですか?」

 四十肩らしき新人に頼まれた。

「いいよ!」

「お願いします!」

 嬢が私に背中を向ける。

『汚っ!』

 嬢の背中が毛むくじゃらだった。

 私は無言でファスナーを上げた。

「はい!」

「ありがとうございます!」

『“淑女”で売ってんのに処理してねーの!?厚化粧でおっぱい捏造してても客に見えない部分はどーでもいいってことか!エセめ……』


 私は着替えと化粧を済ませて退室する。

 タイムカードに打刻し、就業10分前には着席して待機する。

「おはようございます!」

「おはようございます!」

 先に待機していた嬢たちがあいさつしてくれた。

 着席したとたん、むせ返ってしまう。

 隣の嬢の香水がキツい。

 今日日、若い娘でもつけないような甘ったるさだ。

 下品な客をたぶらかすにはちょうどいいのだろう。

 私はトイレに立つふりをして香水女から離れた席が空くのを待って戻った。

 見れば香水女の周囲はガラ空きだった。

『お前鼻悪いんか!?香水はつけても下半身のみ!って教わらなかったんか!?バカみてーにバシャバシャ被ったら周囲に迷惑だろ!酒の風味を損なうだろ!移り香を持ちかえれない環境の客に失礼だろ!チャラチャラ股ばっか開いてねーでキャバ嬢の気遣いとか大人の女の嗜みとか覚えろクズ!』


 ◯リスクをかじって気分転換していると、

「おはようございます!」

と店のドアが勢いよく開き、遅刻寸前の嬢がどたどたセイウチのように更衣室に突進していった。

 化粧もそこそこに出てくると、タイムカードを打刻してポーチの中身をこぼしながら着席した。

「すみません!」

 床に落ちて転がったリップスティックを、隣の嬢が拾いあげてやっていた。

 就業2分前だ。

『そんなんでギリギリセーフだと思うなよ!遅刻の罰金払え!』

「見えてるよ」

 ドレスの脇から輪っか(※ドレスの内側の両脇に縫いつけてある。ドレスをハンガーに吊るすときなどに用いる )が飛びだしていたので教える。

 ほかの嬢の恥は己の恥だ。

 この店の嬢のクオリティを客に疑われ、同一視されてしまうのを避けたい。

「ああ。ありがとう……」

 セイウチはそれをそそくさとドレスの内側にしまうと、おもむろに化粧を始めた。

 ポーチの中をガチャガチャ漁っていると、

「裏でやって!お客さんがいるでしょう!」

と店長が飛んできた。

「あ。でも死角なんで……」

「そういう問題じゃないの!」

 セイウチは強制的に更衣室に戻された。

『罰金だな。そして近々クビだな……』

「脚!組まないで!」

 スマホをいじっていたど素人の新人を、店長が続けざまに注意した。

「まったく!非常識なんだから……」

 店長が床に吐きすてた。

 ほかの嬢たちのじゃまになり、客が入っていようがいまいが営業中に時給を貰っている分際で脚を組んでいる嬢を見ると、バキバキ折ってやりたい衝動に駆られるのは私だけだろうか?


 それにしてもコイツら……。

 長い年月、人として、女として、どこで何を教わってきたのか!?

 常識や嗜みに疎いババアほど下品なお色気ちゃんなので、救いようがない。








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