第22話 男の更年期障がい

『あのとき「(飲みすぎを)心配してる」って言ってくれたのは嘘だったの!?』

 指名客から若い娘の訴えのようなLINEがきた。

 こちらは仕事上の都合で

『飲みにきませんか?』

と、いつもどおり誘っただけだ。

 飲みすぎると絡み酒になり、ぐうぐう寝て居すわり、店に迷惑がかかるうえに私の顔も潰すので

「飲みすぎんな!」

と注意しただけだ。

 それを勝手に脳内変換して、ちまちま覚えてんのか!?

 私に無駄にストレスかける、お前の体の心配なんかしちゃあいない!

 酒は綺麗に飲め!ってだけの話だ。

『あーあ。また“拗ね期”に突入しちまった』

 いったんこうなると手がつけられないので放置するしかない。

 そうしているうちに向こうから勝手に来店するのを待つしかない。


 オッサンという生き物は更年期障がいをともなって不覚にも子ども返りすることを第一目的とし、時に性別すら超越し、若い娘の訴えのような台詞さえ恥ずかしげもなく吐いてしまう。

 それがキャバ嬢を辟易とさせるなどとは夢にも思わない。

 なぜなら、子どもや若い娘というのは、その精神的な未熟さから、意識が己に向いてしまっているのが常だからだ。

 頭でっかちで横柄で自分勝手で乙女チック。

 それがオッサンの定義であり、それ以外の素敵な中年男性はオッサンとは呼ばれないのだ。

 個人差こそあるだろうが、男の更年期障がいは女の更年期障がいと違ってEDなどを除けば顕著な症状がないため、罹患している当人はスルーしてしまうのかもしれない。

 まして、精神論で生きてきた世代なら、重症でもない限り、クリニックの門は叩かずに日常を生きるだろう。


 ある日、指名客を帰してスマホをチェックしていると、別の指名客から出勤確認のLINEがきていた。

 タイムラグがあったので電話で折りかえす。

「もしもし……」

 すぐに出たが小声だ。

「もしもし?お久しぶりです!お元気ですか?」

 おのずと私も小声になる。

「お久しぶりです。今、電車の中です。今日はいますか?」

「いますよ!いらっしゃいますか?」

「これからいきます」

「(いつもは団体だが状況や気配から)お一人ですか?」

「一人です。では戻ります。はいはい、はいはい」

 せっかちに一方的に電話は切れた。

 社用の電話に見せかけたかったのだろう。

「誰かくるんですか?」

 そばにいたつけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に訊かれる。

「〇〇(指名客のニックネーム)。今から一人でくるって」

「了解です!」


「もう!返信遅いよ!帰っちゃうところだったよ!」

 私が着席するなり、自分勝手に訴えてくる。

『たかが20分じゃねーか!自分の立場わかってんのか!?客はお前一人じゃねーんだ!こっちは上客抱えてんだ!生きてるか死んでるかもわかんねー繊維(来店頻度が低く、金も使わない極細指名客)の相手してる暇なんてねーんだ!』


 三ヶ月ほど前

「同伴(買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること)しよう♪同伴しよう♪」

と勝手にはしゃぎ、不案内なので店を見つくろってくれと頼まれ、いくつか候補を提案したが、仕事の都合やらなんやらでいつまでたっても何ひとつ決まらず、面倒なので放置していた。

 それで、突然のLINEだ。


「俺があいつを高めてやったんだ!」

 いつも、いっしょに来店する仕事仲間の功績は自分の内助の功だと主張する。

 少なくとも十回は聞かされた話だ。

 更年期障がいの症状なのか?

 元からなのか?

 記憶力が低い。

 オッサンの話というのは、なかなか更新されないうえ、根絶やしにならないカビのようにしつこい。


「いらっしゃいませ!」

 ボーイが威勢よくあいさつすると、待機席の嬢たちがいっせいに立ちあがる。

「お客さんだね!俺って“客を呼ぶ客”なんだよ!」

 繊維が、のたまう。

『いや!今入店されたのは一週間も前に来店予約を頂いていた律儀で飲み上手な私の上客でお前の効力なんて微塵もねー!』

 そのあと、すぐに団体客が入店した。

「ほらまた!俺って招き猫の要素があるんだよ!」

 また、繊維が、のたまう。

「招き猫?両手を上げているやつね」

「両手?」

「そう。右手でお金を左手で人を招くんでしょう?」

「そうなんだ!左手を上げているのしか知らなかった!」

『だろーなぁ!ボトル(有料)を入れるどころか指名嬢の私にドリンク(有料)の一杯すら出せない繊維だもんなぁ!それに今入店した団体客は古い店づき(嬢ではなく店につく客。指名嬢が移籍したとしても店に残る客)で、お前の効力なんて微塵もねー!』


 繊維はぺらぺらと一方的に喋り、承認欲求を撒きちらして2セット(※キャバクラは時間料金制。店により、1セットは45~60分程度)で帰った。

「なんでよー!?指名してるのに!?それはないでしょう!」

 途中、私は抜けたが、前回までのように文句は言わず神妙にしていた。

 指名で店に通って数回、ようやく“指名被り”の意味を理解したらしかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る