第21話 学習能力

 休日に限ってLINEがくる。

『こんばんは!今日久しぶりにそっちにいく用事があるので寄ろうと思うんだけど出勤してる?』

 移籍する前に勤めていた店の指名客からだった。

 何度かこちらにも遊びにきてくれてはいるが、彼の自宅から近い前店と比べれば来店頻度も低かった。

 半年ほど前、

『近々遊びに行くね!』

と思わせぶりなLINEがきたので、営業がてらしばらくかまってやっていたが、不毛なやり取りだけでいっこうに来店する気配がない。

『お前が昼に何を食おうが、仕事帰りにどこで飲もうが、まったく興味ねーんだよ!下らねー日記ばかり送りつけやがって!こっちはボランティアじゃねーんだ!』

 鼻先に人参をぶら下げられて癪に障ったので、少なくとも私がそう感じてしまったので、トークを削除してアイコンも削除した。

 そうはしたがブロックはしていなかったので、久しぶりに通知を受けとったのだった。

『休み』

 しかたがないので友だちに再登録して一言だけ返信した。

 恋人とちちくり合っていようが何をしていようが欠勤情報は迅速に限る。

 知らずに入店されて店に利益を総取りされるのを防ぐためだ。

 

『了解!』

とすぐに返信がくる。

『(今まで腐るほどくり返し伝えてきたが)出勤は毎週〇曜日と〇曜日と◯曜日で、ほかの曜日は御予約のお客様のみ!』

 少し間をおいて返信した。

『了解!突然ごめんね!』

 だからといって、

『来週にでも埋めあわせするね!(お店にいくね!)』

といった気遣いができる男ではない。

 それ以上は返信せず、ふたたびトークを削除してアイコンも削除した。

 アドレス帳からはとうの昔に削除しているので、これで私からの連絡手段は、またしても完全に途絶えた。

 来店につながらない客からのストレスは来店につながる客からのストレスと違い、昇華しない分、ゴミと同じなのだ。


 移籍前も移籍後も、彼には私の出勤情報の詳細を伝えてきた。

 変動があれば、つどつど懇切丁寧に伝えてきた。

 にもかかわらず、突然欠勤日の夜に連絡してきて、

『いる?』

『いないの!』

『残念!』

『ごめんね!』

とくり返す。

 こちらはリラックスモードの欠勤日に仕事の連絡を受けるのがうっとうしく、そうならないよう、ふだんからさんざん根まわししているというのに……。

 学習能力のない客は嬢にストレスをかけるだけでなんの役にも立たない。


 彼と知りあったのは何年も前の話で、当時は来店頻度も高く、そこそこ金も落としてくれていた。

 だが、今の店が前店と離れていたこともあり、彼が人間的に気色悪かったこともあり、わざわざ移籍先に引っぱるほどの客ではないと判断した。

 なので、

『きたければくれば?』

 程度で、私からはいっさい連絡しなかった。

「さすが!〇〇(私の源氏名)さんのお客さんですね!」

 移籍先に引っぱるのは私というキャバ嬢の看板の後ろ楯になってくれる良客だけで十分なのだ。


「俺のこと好き?」

「どれくらい好き?」

「照れないで『(俺に)会いたい!』って素直に言いなよ!」

「俺といると楽しいでしょう?仕事してる感じしないでしょう?」

「つき合う?」

「いっしょに住む?」

「結婚する?」

 承認欲求の押しうりだ。

 よく口が腐らないな、と思った。

「気持ち悪い!本気で気持ち悪いから!世の中の女性の99.99……%が、そう思うから!そういう口の利き方はやめな!」

 彼はバツなしの独身で長いこと特定のパートナーもいない。

「俺、五十代でこんなにちゃらんぽらんでいいのかな?」

 いいわけがない。

 モテない男というのは見てくれ云々の問題ではなく、周囲に指摘してくれる人間がいないためにモテない言動をくり返してしまっているので、いつまでたっても女性に縁がないのだ。

 彼は勘違いモンスターだったが悪人ではなかった。

 その分、不憫に思えたのだ。

 私は指名を貰った縁で、今まで彼が指名してきた嬢たちが、売上のために愛想笑いで口ごもって陰で彼を罵倒してきた分を、彼自身に取りもどさせてあげたいと思ったのだ。

 嫌われたっていい。

 憎まれたっていい。

 疎遠になったっていい。

 金では買えない女の本音を知って学習し、男としての幸福をつかんでほしかったのだ。

 いずれ、客として切れるときがくるなら……。 

 現実社会でなんの利害関係もない一般女性と幸せをつかんでほしかったのだ。

 だが、今回のザマだ。

 相変わらず、現実社会では一般女性に疎まれ、玄人からつかの間のファンタジーを買っているのだ……。

 キャバクラはモテない男が社用以外で長逗留する場所ではない。

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