第19話 キャバクラマスター

 全国津々浦々のキャバクラを巡る、自称キャバクラマスターが来店した。

 私がファーストでつく。

「見た目がこんな(美男で実年齢より若く見えて気さく、という自己評価)なのでどこにいっても好かれるんだけど、皆、騙されているだけで中身は疲れたただのオッサンです」

って、はい。

 私には最初から“疲れたただのオッサン”にしか見えませんけど?

 なんの御謙遜ですか?

「そうなんですね……。全国のキャバクラを巡っているんですか?」

「そう。仕事のついでにね。同年代の女性がいるお店がいいんですよ。話が合うし、知識もあって面白い。若い子はすぐに『LINE教えて!』って。教えたら教えたでしつこく営業してくるから面倒で……」

「(お前が好かれているわけじゃなくて)そうしろ!ってお店から指導されているんですよ。(本指名で)いってあげてくださいよ」

 なかなかどうして鈍いので教えて差しあげた。

 ハウスボトル(客席に備えてある焼酎やウイスキーなどの飲み放題のボトル)をちびちび飲む、自称キャバクラマスター。

 私にはドリンク(有料)を勧める気配や気遣いは微塵もない。

『「若い子はキャッシュバックを狙ってすぐにドリンクや場内指名(フリー客から取る指名)をおねだりするから余分に金がかかって嫌なんだ」って、正直に言え!クズ!』


「おじゃましました」

 つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に抜かれたので、さっさと抜ける。

 向かいの席に指名客がきていた。

 いったんリスト(嬢たちの名簿が置いてあるコーナー。本指名や場内指名や売上など、その日の嬢たちの成績を主に店長が記入する)に戻り、Uターンして指名席につく。

「いらっしゃいませー!お疲れ様ですー!」

 事前に来店の連絡があり、今週は会える日が今日しかないからと、飲み会の二次会を中座して顔を出してくれた。

 酒を作ろうとするが……。

「あれ?お酒は?」

(確認済みだが)キープボトル(ハウスボトルに対して有料。キープ期間は三ヶ月程度)が空だ。

「うん。『(ボーイに)入れていいよ』って言ったんだけど、(私が)きてからって」

「あらそう?じゃあ、入れてもいい?」

「どうぞ」

「同じのでいい?」

「いいよ」

「お願いします!同じ物を!炭酸水(有料)も下さい!」

 常連の指名客のボトルネックには、じゃらじゃらネームタグが下がっている。

 周囲から、

『そんなに本気で通うなよ!』

と思われるのが恥ずかしくて嫌がるお客様もいるが、勲章の意味もあるので、私は入れていただいたボトルの数だけネームタグを下げる。

 年月日を記入しておけば顧客管理にもなるし、その下のスペースにちょっとした日記的な要素を入れ、ときどき、お客様といっしょに見かえして、

「そんなこともあったねぇ……」

と懐かしむのも一興だ。


 ボーイが国産のプレミアムウイスキーのボトルをうやうやしく掲げて持ってくる。

 自称キャバクラマスターが、こちらをじっと見ている。

「ありがとうございます!」

 ボーイがボトルを丁寧にテーブルに置き、お客様の眼前で開封する。

 私は新しいネームタグに年月日を記入し、その下にお客様の似顔絵を描いてボトルネックに下げた。

 別のボーイが追いかけるように炭酸水を持ってきたので、私は二人分のハイボールをささっと作る。

 グラスに氷をみっつ入れてウイスキーを注ぐ。

 マドラーで氷とウイスキーを十分に馴染ませてマドラーを抜き、解けた分の氷を足す。

 氷にあてて泡を壊さぬよう炭酸水をグラスの縁に沿わせて静かに注ぎ、マドラーをグラスにひと差ししてまっすぐに抜いた。

 乾杯して、お互いの近況を報告している途中でしかける。

「何かつまんでもいい?」

「どうぞ」

「お鮨にしようか?」

「なんでも。(私の)好きにして!」

「お願いします!」

 ボーイを呼んで、

「いつもの〇〇を!」

近所の鮨屋の握りよせを頼んだ。


 鮨屋が空いていたのか?10分ほどで出前が到着した。

 ボーイが上品な大きさの鮨桶と新しいおしぼりを持ってくる。

 自称キャバクラマスターが、こちらをじっと見ている。

「ありがとう。おなか空いてない?いっしょに食べようよ」

 お客様が痩せっぽちのボーイを案じて勧める。

「ありがとうございます!あとで頂きます!」

 序列があるので、ボーイはやんわり断っていた。

 二人で鮨をパクついていると、

「いらっしゃいませー!おじゃましますー!」

店長が太鼓持ちのように登場した。

「おう!きたな!いっしょに飲もうぜ!」

 三人の宴会が始まった。

 店長がつくのは太客(大枚を叩く指名客)や店づき(嬢ではなく店につく客。指名嬢がいたとして移籍しても店に残る客)の席だけと決まっているので、貴重なうえにつかれた客の優越感をくすぐる。

 自称キャバクラマスターが、こちらをじっと見ている。

『な、思いしっただろ。こうやって酒を飲むのがキャバクラマスターなんだよ。どこにいっても好かれるのは、うっとうしいお門違いな自己アピールなんてせずにサクッと大枚を叩く、こういうお客様なんだよ』


 その後、自称キャバクラマスターはボーイの延長交渉を断り、セット料金の五千円ぽっきりを払って帰った。


 

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