第18話 月とスッポン

 常連のAと同伴(買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること)して談笑しているとスマホが振動した。

「あっ!お客さんだ!」

 正直に話して問題がない仲だ。

「出なよ」

 なんのてらいもなく、Aが言う。

「ちょっと待っててね!」

 私は中座してバックヤードに向かう。

 途中、つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に、

「B!」

と客の名前を告げる。

「もしもーし!お疲れ様ー!」

「おぅ!お疲れぃ!今、暇?(=『指名被らないよね?』というイジケた暗号)」

『被るけど!被らねーとき見はからって誘ってもこねーんだからこれるときにさっさとこいや!』

「暇だよー!どこで飲んでるの?」

「〇〇(地名)!」

「近いじゃない!いらっしゃいませな!」

「おぅ!じゃあ10分でいくわ!」

「はーい!ありがとう!お待ちしてまーす!」

 つけまわしを見つけて、

「10分後だって。〇〇(地名)からだからタクシーかな?ラストまでだと思うから大丈夫そうなら奥の席にして!」

と頼む。

 ほかにも指名被りの嬢が二人いたので、配席に問題がなければ、ゆっくりできる奥の席をキープしたかった。

 指名被りで大切なのは指名客どうしに無駄な嫉妬心を芽生えさせないように“死角”を作ることで、それは店長やつけまわしの采配にかかっているのだ。


 行儀が悪いのを承知で小走りで席に戻る。

「お待たせー!」

「大丈夫?ゆっくりでよかったのに。お客さんくるの?」

「うん。くるみたい。ちょっと被るかも……」

 先ほど2セット目を延長したばかりだが、これで打ちどめだろう。

 Aはいつも店の状況に応じて延長するかしないかを決める。

 フリー客でにぎわっていれば、

「頑張ってきな!(=新規開拓してきな!)また、くるよ」

と2セットで帰るが、Aが帰れば店カラ

(店が空っぽなこと。ノーゲス((ト))とも)になってしまうようなら、延長して私や店に貢献してくれる。

「あのフリーのやから席!死んでもつきたくないから延長して!」

と頼んで延長してもらうこともあった。


「いいよ。こっちは大丈夫だからそっちを頑張りな!」

 だから、Aは本心で言ってくれているのだ。

「いやいや。どっちも大切なお客様だからね!」


 Aとのつき合いは長い。

 指名を貰いたてのころは、指名が被ると頬をぷくーっと膨らませて子どものように拗ねていたが、ふだんは紳士的で聡明で実直で、自分の話もするがほかの客とは違って人の話を聴く力もあったので、正直に内情を話してみようと思ったのだ。

「キャバ嬢がそんなに大変な仕事だとは思わなかった……。目から鱗だよ……」

“好きな人の負担や不利益になることはしない”

 それから、Aは私のよき理解者となった。


 続けて談笑していると酔っ払ったBがふらーっと入店した。

「あー!Bさん!いらっしゃいませ!お待ちしておりました!」

 すかさず、つけまわしが声をかける。

 奥の席に案内しようとするがAについている私を見とめ、

「帰る!」

ときびつを返す。

『またかよ!ガキオヤジ!面倒くせーな!うろうろしてねーでさっさと座れ!』

「いやいや違います!こちらです!」

「えー?違うのぉ?」

「違います!こちらです!御案内します!」

 つけまわしの愛想笑いがフロアに響く。

『そうだ!イケイケ!頑張れ!太鼓持ち!』

 Bは再び私の前を通って奥の席に落ちついた。

 すかさず、つけまわしがこちらにヘルプ(指名嬢が同伴((客と嬢が買い物や食事などをして、いっしょに入店すること))や指名被りの際に手伝いをする嬢)をつける。

「失礼します!Cさんです。〇〇(私の源氏名)さん少々お借りします!」

「〇〇(私の源氏名)さーん♪Aさーん♪」

 Cちゃんの顔がほころぶ。

「あら、Cちゃん!いっしょに飲みましょう♪」

 常連のAはCちゃんとも顔なじみだ。

『Cちゃんなら安心して任せられる!』

 Cちゃんのキャッシュバックになるので好きなドリンク(有料)を頼んでもらい、三人で乾杯してから中座した。


「いらっしゃいませー!」

「おぅ!」

 ヘルプのDと話していたところに割ってはいる。

「Dさん、ありがとうございました」

 すかさず、つけまわしがDを抜く。

 私がDと馬が合わないのを知っているのだ。

「ごちそうさまでした」

 グラスを合わせてDが立ちあがる。

「ありがとうございました」

 馬が合わなくても嫌いでも、ヘルプをしてもらった以上、礼儀は通す。

「何よー!人気者じゃない!忙しいならさっきの子でよかったのに!」

『うるせー!黙れ!イジケ虫!』

「はーい!かんぱーい!」

 私は自分のハイボールをささっと作った。

 もう少しでキープボトル(無料のハウスボトルに対して有料。キープ期間は三ヶ月程度)が空く“チャンスボトル”だ!

 私は一人とばして飲んだ。

「なくなったから入れるよ!」

と私。

 うん、と頷くB。

 酔いがまわって眠そうだ。

「お願いします!同じ物を!」

 国産のプレミアムウイスキーは熟キャバ価格(※通常のキャバクラより割安)でもそれなりに高い。

 多少、体に無理をさせてでも頼む価値はある。

 それもこれも、すべては自分の売上のためだ。

 イジケ虫の無生産なうえに有害な愚痴を聞いてやるのも、すべては自分の報酬のためだ。


「失礼します!Eさんです!〇〇(私の源氏名)さん少々お借りします!」

 つけまわしが私を抜きにきた。

「えー!いっちゃうならもう帰るよ!」

 困惑顔の気の毒なEちゃん……。

『うるせー!わからず屋!私の顔を潰す言動は慎め!って遠まわしに何度も説明しただろーが!お前の粗相は私の粗相なんだよ!私の心証悪くしてくれんな!そんなだからいつまでたっても私に好かれねーんだよ!』

「帰らないよ!Eちゃん!いっしょに飲みましょう♪」

 Bが居眠りしだしたので、

「ごめんね。放置でいいから好きなの飲んで。何かつまむ?」

とドリンクとスナック盛り(有料)を頼み、二人で乾杯してから中座した。


「ただいまー!」

 戻るとAがCちゃん相手に“いい仕事”をしてくれていた。

「Aさんって本当に紳士ですよねぇ」

などと誉められている。

 私まで鼻が高い。

 Cちゃんは私と馬が合うので、つけまわしも早々には抜きにこない。

「もう一杯飲んだら?」

 Aと私とで勧める。

 三人で談笑しているとつけまわしが延長交渉にきた。

「今日はこれで大丈夫?」

とA。

「うん。向こう(B)が面倒だから〆ようか」

 2セットで〆てCちゃんといっしょにAを見おくった。

「ありがとう!お疲れ様でした!」

 向きなおってCちゃんを労う。

「こちらこそです!ごちそうさまでした!」


 嫌々Bの席に戻ったがEちゃんがいない。

「あれ?Eちゃんは?」

「終電で帰りました」

とつけまわし。

「明日謝るわ……」

 待機嬢が残っていてもBの席につけないのは私の提案だ。

「あいつ(B)面倒だし、女の子が嫌がるから最悪ヘルプなしでいいよ」

 いつも、そう言っている。

「延長なんですが……どうしますか?」

「面倒だから帰そうか」

 体を揺すって叩いて起こし、金を払わせて終電で帰した。

 途中、煩わしいLINEのやり取りにつき合わされながら、私も終電で帰った。

 こちらが好き勝手に飲みくいしてラストまで寝かせておけば金にはなった。

 だが、金にも勝るうんざり感ってあるのだ。










 




 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る