第17話 ③体入荒らし

 姉さんが険しい顔で更衣室とクロークを往復している。

 副店長が、がさごそクロークを探っている。

「駄目!いくら探しても向こうにはないよ!」

 姉さんが戻ってきて叫ぶ。

「おかしいなぁ……。まだ(クリーニングから)戻ってきてないのかなぁ……」

 副店長がのんきに言う。

「先週末に出したんだよ!遅くない!?」

 姉さんもいっしょにクロークを探る。

 その日は金曜日。

 通常週明けには届くので、どう考えても遅い……。


 嬢たちは自前のドレスを店経由でクリーニングに出していたが、その店は更衣室が手狭だったため、戻ってきても収まりきらないドレスは、ボーイが一時的にクロークの隅にかけておく習慣があった。

 だから、戻ってきたドレスが更衣室にあるのか、クロークにあるのかがわからないのだ。

「白のもないんだけど!」

 姉さんが訴える。

「パイプハンガーにかけておいたのに……」

 太客(大枚を叩く指名客)にお披露目用のスパンコールで装飾された高価なドレスが、二着とも行方不明だ。

 更衣室には鍵つきの個人用ロッカーがあったが、一列二段の、高さがないタイプだ。

 膝丈までのドレスをしまう高さはあるが、ロングドレスをしまう高さはない。

 なので、ロングドレスを着用する嬢たちは、共用スペースのパイプハンガーにかけるのが常だった。


「水曜日ちょっとおかしな体入(体験入店)がきたじゃない……」

 姉さんが声をひそめる。

『確かに。ラリってんの、きてたわ……』

 最近とみに店の備品が紛失する。

 前の週は更衣室に常備していた有名な美容室とコラボしたヘアアイロンが、忽然と消えた。

 店の備品が紛失するのと“チョットおかしな体入”がくる日が一致していた。

 彼女たちはたった一日だけ体入をして日銭を稼ぐ“体入荒らし”だ。

 端から長く勤めるつもりなどない。

 “体入荒らし”は見わけやすいので気をつけてはいるが、店が混雑してくれば接客に意識を取られてしまう。

 不採用にすれば済むのだが、面接するのがのんきな店長なので、見るからにラリった女でも採用してしまうのだ。


 その日、太客の来店予定が迫る姉さんは不本意にも別のドレスを着て対処した。

「『盗まれちゃった』って言ったら新しいの買ってくれるって♪」

 すっかり機嫌を直している。

 転んでもただでは起きないのはさすがだった。


 おそらく……。

 クリーニングから戻った姉さんのドレスは、ボーイの手によってパイプハンガーに掛けられ、元々そこにかけられていた白いドレスといっしょに盗まれたのだろう……。


 その後も体入があるたびに店の備品が紛失するので、ようやく危機管理に目覚めた店が更衣室のドアを施錠した。

 それで、出退勤時以外にはなんびとたりとも更衣室に出いりすることができなくなった。

 出退勤時も盗んだ物を隠せるような大きな鞄や袋は、更衣室への持ちこみが禁止になった。

 それにしても……。

 そこまでしないと駄目かねぇ。

 これだから水商売業界全体が軽視されるんだ。

 虚しさだけが募った。

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