第16話 ②店服(てんぷく)

 勤めていた店が潰れた。

「今月いっぱいです。系列店に移る希望がある人は申告してください」

 店長から報告があった。

 閉店まで一週間もなかった。

 大事が突然決まるのはキャバクラでは珍しくない。

「来週からボーイが交代します」

「明日から店長が交代します」

とか

「帰ってもらいました」

と営業中に嬢がクビになったりする。


 同じビルに入る系列店は姉キャバ(※18~29歳くらいまでの嬢が在籍する)なので、潰れた熟キャバのオバチャンなど必要ない。

 だが、これまできちんと働いてきたオバチャンたちを無碍にすることもできないので、お情けで在籍させてやると言っているのだ。

「(指名客の)来店予定はありますか?」

 希望シフトを出せば真っ先に訊かれるだろう。

 来店予定が曖昧な日は出勤調整(希望シフトより時間や日数を削減される)されるだろう。

 それでは時給につながらず、売上を店に吸いあげられるだけだ。

 そこはこちらも心得たものなので、保険で籍を置きつつ、新たな勤め先を探しはじめた。

 私は近隣に新装開店する別の系列の熟キャバにオープニングキャストとして入店することになった。

 前店で拾った指名客も呼びやすい。

 本来、近隣の別の系列店に移籍するのは仁義上タブーだが、店が潰れてしまったのでは向こうさんも咎められまい。

『新しいお店が決まりましたので除籍にしてください。お世話になりました』

 半年ほどいっしょに働いた聡明な若き店長にメールを送った。

 指名客のキープボトル(無料のハウスボトルに対して有料。キープ期間は三ヶ月程度)がすべて無駄になってしまったが、店が保証してくれるはずもなかった。


 前店が閉店した一週間後、私は新しい店にいた。

「おはようございます!よろしくお願いします!」

 開店初日はオープン出勤(開店時間から出勤すること)だったので、10分前にはタイムカードに打刻して待機していた。

 急ごしらえだったのだろう……。

 とうてい水商売とは無縁ななりの嬢たちが集っていた。

 見しらぬ嬢どうし、短い自己紹介をしていると

「おはようございまーす……」

しれっと遅れて登場した嬢がいた。

「おはようございます!」

 嬢と目が合う。

「「あっ!」」

「ここだったかー!」

 私は小さく叫んだ。

「そんな気がしたー。やっぱ、どうしても“被っちゃう”よねぇ……」

 空いていた私の向かいの席に座りながら彼女が言った。

 前店でいっしょに働いていた嬢だった。

『ん……?』

 私は彼女の着ていたドレスに違和感を覚えた……。


 宣伝効果なのか、客引きの頑張りなのか、系列店巡りをする常連客が集ったからなのか、初日から店は盛況だった。

 私は場内指名(フリー客から取る指名)を貰ったり貰わなかったりしながら、待機席に戻る。

 入れちがいに彼女がつけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に呼ばれてフリー客につくのを、見るともなく見ていた。

『あれ……?やっぱり、あのクロスバック!』

 前店で私が愛用していたドレスだった。

 嬢は自前のドレスを着用するのが常だが、それとは別に初心者や新人向けに店が用意する“店服”というものがある。

 店服は店によって無料の場合もあれば有料(※クリーニング代名目で一日五百円から千円程度)の場合もあり、日々早い者勝ちで好きなドレスを着用できる。

 私はふだんは自前のドレスを着用していたが、たまたま目に入った“それ”の素材やデザインが気に入り愛用していた。

 退店した嬢の置き土産がほとんどで使いふるされたドレスが多いなか“それ”はほかの嬢にも人気があった。

 その店服を、なぜか今、彼女が着ている……。

『あちゃー。持ってきちゃったか……』

 “それ”はとっくに終売になっていた。

 ドレス販売サイトをあちこち探したが手に入らず、希少なはずだった。

 警戒心が強い彼女のことだ。

 私の視線に気づいたのだろう。

 以後、彼女が“それ”を着て店に出ることはなかった。

 しばらくいっしょに働いたが、たいした交流もないまま、彼女が先に退店した。




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