第12話 新年会?②

〈アロマンティック〉

 無恋愛。

 他者に対して恋愛感情をいだかないこと。

 また、その人。


〈アセクシャル〉

 無性愛。

 他者に対して性的欲求をいだかないこと。

 また、その人。



「彼がさぁー言うこと聞かなくて」

 夜も更けて彼女がボヤく。

「絶対〇〇(レコード会社名)のほうががいいって言ったのに!」

 彼女の彼は売れないプロのミュージシャンだ。

 このたび、レコード会社との契約が切れたが拾ってくれるレコード会社が現れた。

 彼女いわく、彼が選択を間違えたらしい。

「あっちじゃ私のコネが利かないんだよ!」

 彼女は前職から、少しばかりマスコミにコネがあった。

「あっちじゃ売れるのが難しいんだよ!私は彼のためを思って言ったのに……」

 彼女が自慢げに見せる写真の彼はえらく若い。

 彼女よりひとまわり以上年下だ。

 話を聞けば聞くほど、姉と弟の関係にしか思えなかった。

「私ね……。“好き”っていう感情がわからない。だから『助けてあげたい!』って思った人が彼氏になる。そこでしかつながれない……」

「わからない?」

「だって皆、恋すると切なくて胸が苦しくなるんでしょう?」

「そうだよ。キュンキュンする」

「そうなんだ……。その経験が一度もない。キュンキュンしてみたい!いつかできるかな?」

「かもね……」

 思うところがあったが私は曖昧に答えた。

「セックスは?ムラムラしない?」

「うーん……。相手がしたければ、って感じ……。してもしなくてもどっちでもいい」

「泣くほど切なくて気持ちよくないんだね?」

「その感覚がわからない。いつかそういう相手にめぐり逢えるかな?」

「かもね。引きよせ!引きよせ!」

 私はまた、曖昧に答えた。


 始発の時間になるのでお開きにした。

 ファミレスを出る。

 一月の朝はまだ、明けずに暗い。

 路線が違う私たちは改札の前で別れた。


 数日後。

 彼女は店から戦力外通告を受けた。

「(指名客の)来店予定があれば出勤してください」

と店長から連絡があったらしい。

 次の週の希望シフトを出したが一日も入れてもらえず、実質クビになった。

 十二月の繁忙期を終え、店が人員整理に着手したのだ。

『話がある。会ってほしい。いっしょに別の店に移らない?』

 彼女からLINEがきたが私はやんわり断った。

『ごめんね……』

 新年が過ぎて店がまわり始めるなか、私はこれ以上彼女に時間をさきたくなかった。

 彼女の精神的メカニズムを解析してしかるべき方向に導けるのは、私ではないと思った。

 何より、私にはその余裕や技術がなかった。

 それでも、いつも生きづらそうにしている彼女に、ヒントを与えてあげることぐらいはできたかもしれない。

 だが、他人のデリケートな問題に直面する勇気が私にはなかったのだ。


「私はすぐ人に裏切られる。皆、私から離れていく……」

 彼女にしてみれば、私も“裏切り者”の一人なのかもしれない……。

 

 

 

 

 

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