第11話 新年会?①
〈自閉スペクトラム症〉
神経発達症の内訳のひとつ。
受動型、積極奇異型、孤立型、尊大型、大仰型がある。
強いこだわりや反復的行動、感覚過敏や感覚鈍磨の特性があり、対人関係の困難、曖昧表現や暗黙の了解への理解が難く、想像力や共感性の欠如といった特性がある。
いわゆる“空気が読めない人”。
聴覚情報処理が苦手な一方で視覚情報処理に長け、一般的情報を失念しやすい一方で専門的情報に対して(過集中の特性から)高い記憶力をもつ。
※水商売の現場では(私の体感では)三人に一人の割合で存在する。
〈アダルトチルドレン〉
元来は遺伝的解釈であり、アルコール依存症の親をもつ成人した子どもの意。
のちの広義により、機能不全家族に育ち、その体験から成人しても生きづらさを抱えた人たちの総称。
病名ではない。
ACとも。
〈病識〉
病気であるという自己認識。
「新年会しよう!」
いつつ年上の嬢に誘われた。
話し相手が欲しかったのだろう。
家族で唯一健在の父親とは不仲で帰省しなかったらしく、暇を持てあましているようだった。
ふだんから菓子や栄養ドリンクをくれたり、彼女が好きなアーティストの曲を聴かされたり、その出まちで盗撮した動画を見せられたり……彼女が入店してすぐに連絡先を訊かれてから頻繁にLINEがくるので
『なつかれたなぁ……』
と思ってはいた。
忘年会も断っていたので、疲れていたが、つき合うことにした。
「送りいりません」
彼女と私は早めに店長に断りを入れた。
緊急の客とのアフター(店がはけたあと嬢が客につき合う接待)でもなく、こちらの勝手で帰る寸前に断った場合、ドライバーを都合した経費から、通常通り“送り代”を請求されてしまうからだ。
深夜。
店がはけてから私たちは二人、駅前のファミレスに向かった。
「いらっしゃいませ。二名様で。お煙草は……?」
「吸います」
「お好きな席へどうぞ」
私たちと同じ年ごろの疲れた女が、目を合わさず案内した。
「お客さん入ってよかったね」
メニューを開いて物色しながら彼女が言う。
「(時給)稼げてよかったね」
と私。
「サンドウィッチかなぁ……」
体型を気にしている彼女がつぶやく。
「ドリンクバーだけでいいや」
メニューも開かず、私は言う。
同伴(食事や買い物などをして客と嬢がいっしょに入店すること)で鮨をたらふく食べていたからだ。
「すみません!」
彼女がウェイトレスを呼び
「クラブハウスサンドとドリンクバーをふたつ」
注文した。
二人ともドリンクバーから100%グレープフルーツジュースを選び、酒や煙草やストレスで消費したビタミンCを補給する。
席に戻るなり
「また店長に言われちゃった……」
ストローの包み紙を結びながら彼女がボヤいた。
「なんて?」
「『手ぶらでくるな』って……」
「あー……」
彼女には指名客がいない。
正確には一人いるが、なかなか店に足が向かない。
彼女は店がいうところの“給料泥棒”だ。
「出勤調整(希望シフトより時間や日数を削減される)されてるしヤバいよね……」
「うーん……。思いきってキャラ変してみようか?」
言葉に詰まった私は提案した。
「見た目どおりのお嬢様キャラ!上客がつくよ!」
「まっさかぁ!」
その、まさかだ。
不安がって落ちこんでいるので少し上げただけだ。
彼女は忖度が苦手だ。
先日も初見のフリー客にプライベートを根掘り葉掘り訊き、相手を閉口させてしまった。
彼女が口を開くと席が凍りつくのはたびたびで、同席したほかの嬢たちは“氷解”に全神経を注がねばならなかった。
お陰で彼女には同僚の友人がいない。
その皺寄せが私にきているのだと思った。
「そういうところが駄目なんだよ!もっと、こうさ、ちゃんとしないと!」
昨年ボーナスが入るとすぐに来店した彼女唯一の指名客は、クリスマスイベントには顔を見せなかった。
「どMだからさ、説教してやったんだよ!」
得意げに言ったが、結果は重く受けとめねばならない。
彼女はSキャラで売っているが、それに必要な観察眼や、きめ細やかな隠れた女性性がまるでない。
否定しておしまいなら誰にでもできる。
「そんなことないよ!大丈夫だよ!変えられるところから少しずつ変えていこうよ!」
人はその先にある建設的提案に励まされて感謝する。
最終的には“自己肯定感”を覚醒させてくれる、あるいは回復させてくれる相手を思慕する。
キャバクラに通う客の精神構造だって同じだ。
私たちはプロのキャバ嬢だ。
そこら辺のぼさっとしたオバサンたちとは似て非なるのだ。
それを私たち自身が肝に銘じなくてはならない。
そして、自覚だけが発展や進化を促すなら……。
私は彼女の自尊心を傷つけないよう、それらを伝えるすべを探った。
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