第9話 放浪者

 少し前の話だ。

 同僚の嬢がデブなのを気にしてヨガスタジオに通いはじめたが、なかなか痩せない。

「痩せない!痩せない!」

と酒をあおるので

「お酒やめたら?」

と説教するともなく言った。

「そうだよねぇ……」

 彼女は冷めたラビオリをいたずらにフォークで突っついては、白ワインをあおった。

 私たちは仕事終わりも休日も、いっしょに飲んだ。

 聡明でユーモアがあり、仕事はテキパキとこなし、情にも厚く、警戒心は強いが私には気取らず飾らず話してくれる彼女が、とても好きだった。

「最近メンタルがヤバいんだよねぇ…… 」

 傷んだ栗色の髪をかきあげて露出した彼女の耳は、ピアスホールの開けすぎでリアス式海岸のようだった。

 彼女は自分の生いたちを語り、その衝撃と癒えぬ傷から、自分がメンヘラ傾向にあるのではないかと自己診断していた。 

 ヨガスタジオに通いはじめたのも、精神と肉体の双方を強化するために、ほかならなかった。


 しばらくは熱心に通っていたヨガスタジオだったが、やがて、彼女は痩せるのを諦めてしまった。

 彼女はつけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)と寝て客を都合してもらい、都合された客は彼女と寝て店に通った。

 多いときは店内に“兄弟”が三、四人いた。

 閉店後、泥酔した彼女がわけもなく泣きじゃくるのを“兄弟たち”があきれて見ていた。

 

 山男はそこに山があるから登ると言う。

 彼女はそこに男がいるから寝ると言う。

 彼女はセックスの最中、面倒になり

「早く終わらせて!」

と相手を急かすのだと言う。

 彼女にとって、セックスは快楽や愛の交換ではなく、店に客をおびき寄せるための手段であり、男をつなぎ止めるための手段でしかないのだった。

 一方で彼女は極度のさみしがり屋だった。

 一人遅くまで酒場で飲み、声をかけてきた見ずしらずの男についていっては、寝た。

 心機一転と店を移ったが、また、すぐにつけまわしや客と寝た。

 ついには小言を並べる私に食いついた。

 彼女を持てあました私は次第に彼女から離れていった。

 ほどなくしてLINEから彼女のアイコンが消えた。

 私は私でアドレス帳から彼女の情報を削除した。

 「ある時期がくると全部リセットしたくなる……」

 以前、彼女が訴えていたとおりになった。

 彼女が今、どこで何をしているか不明だが、ときどき、思いだすのだ。




 

 

 

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