第6話 店外デート
出勤して待機席に座ると、すでに二人組の客が来店していた。
新人で右も左もわからないど素人の嬢たちがオープニングから保証時給(一ヶ月程度の保証期間中に新人に与えられる比較的高額な時給)を貰い、客のなすがままに相手をさせられていた。
ど素人の嬢たちのテクニックがないのも手伝って、ドリンク(有料)一杯すら出ていない。
おうおうにして、声のデカい下品な客は金払いが悪い。
つくに値しないフリー客だろう。
ついたところで“やっつけ仕事”だろう。
会話に耳を傾けて準備するまでもない。
私はスマホを開いて指名客の営業に専念した。
しばらくして、つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)に呼ばれた。
新人がのろのろ名刺に裏書きして手ぶらで抜けてきた(※キャバクラではドリンクを頂けば自分のグラスを持って抜けるのがマナー)。
「〇〇(私の源氏名)さん!お願いします!」
つけまわしに促されて席につく。
「いらっしゃいませ。前、失礼しまーす」
客と客の間に入ろうとすると
「ここに座って!」
と手前の客が自分の太ももを叩く。
「は?重くて骨折れますけど大丈夫ですか?」
いなして座った。
客の顔が赤い。
「どちらかで飲んでいらしたんですか?」
“飲み屋での正しいふる舞い”に軌道修正する。
「そう。イタリアン」
「このあたりですか?」
「そう。山ちゃん!さっきの店の名前なんだっけ?」
連れの客に話しかける。
「〇〇!えっ!?知らないの?この辺でイタリアンって言ったら〇〇だよ!」
私たちに自慢げに店の名刺を見せる。
「イタリアン!いいですねぇ!」
と私。
「イタリアン好き?」
ついた客が話しかけてきたので向きなおる。
「好きです!」
「ほかには何が好き?」
「なんでも。好ききらいがあまりないんです」
「そう。僕らあちこちいくから。食べ物によって~ならこの店!ってのがあるから。リクエストしてくれればいくらでも教えてあげるよ!」
「そうですね……。忘年会で胃腸が弱っているので……今なら鍋かな」
「鍋でもいろいろあるでしょう。何鍋?」
それからは銘店の羅列だった。
だが、高級店ではなかったので、わざわざ同伴(買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること)で使わなくても自腹が切れそうだ。
エロ話につき合わされるよりマシなので気楽に聞く。
店の名前と場所を教えられて写真を見せられるたびに
「そうですね!知らなかったです!〇〇大好きです!おいしそうですね!今度いってみます!」
と定型文のように答える。
すると
「いっしょにいこうよ!」
と客。
『きたか!』
「同伴ですか?」
すかさず、当然のように訊く。
「同伴とか……。そういうのはつまらないじゃない……」
『こっちは同伴以外ぜーんぶつまんねーわ!』
「じゃあいかないな」
即答した。
「冷たいなぁ……。これだからキャバ嬢は……」
フリー客が飯屋の話題を持ちだすのはキャバ嬢にまったく利益がともなわない店外デートの誘いの序章にすぎない。
端から店外デートを要求するクソ客ほど財布事情が悪く、同伴に切りかえす心理戦をしかけたところで不発に終わる。
ならばせめて、ぶちまけてやろう。
だから、私は
「(お前とは別の気の置けない友人やパートナーと)今度いってみます!」
って牽制したろ!
それを牽制と取れないお前が愚鈍なだけだろ!
“冷たい”って!?
なんで玄人のキャバ嬢が、見ずしらずの他人とボランティアで、大衆店で飯食わなきゃならんのよ!?
“これだからキャバ嬢は……”って!?
そこまで理解があって、なんでキャバクラの敷居をまたぐよ!?
数撃ちゃあたるか、ど素人嬢のワンチャンでも狙ってんのか!?
そもそも、店外デートってのは“店内”で大枚叩いてくれて信頼関係ができ上がった指名客への“接待”なんだからさ。
「そうかなぁ?当たり前だと思うけど。キャバ嬢はデートクラブのデート嬢ではないので。外で人と会うのが仕事ではないので。お客さんとしてお店にきてもらわないと話にならないな」
「なるほど……。それはそうだよね……」
私に気圧され、とっさに返しただけで身にはならないだろう。
クソ客がクソ客として生きつづけるのを、残念なことにキャバ嬢の経験値は知っている。
店外デートが叶わないと諦めた客は、それからは他人行儀でつまらなそうだった。
「おじゃましました」
つけまわしに抜かれたので、私は名刺を切らずにさっさと抜けた。
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