第4話 同業者

 キザオが、また、連れをともなって来店した。

 わざわざ店長が席まであいさつにくるぐらいなので、企業レベルで交流があるのだろう。

 つけまわし(嬢を客席につけたり、客席から外したりする係。俯瞰力が試されるため、ある程度のキャリアを要する)が私にボスをつけてくれるのはありがたいが、相手がキザオとなると話は別だ。

 若輩のつけまわしはマッチングをまったく心得ておらず、私は無駄な時間と労力を強いられるのだった。


「いらっしゃいませ。こんばんは」

 キザオが連れに先につけと気遣う。

「順番に女性がつきますので大丈夫ですよ」

 キャバクラにはキャバクラの流儀がある。

 それに口を挟んで流れを止める客が私は大嫌いだった。

 餅は餅屋に任せておけばいいのだ。

 相変わらず、うっとうしい男だ。

 相変わらず、香水もキツい。

 誰も注意しない……いや、できないのだろう。

 周囲にイエスマンしか置けない気の毒な人だと思った。


「以前お会いしましたね」

「そう?」

「彼女は覚えているよ!」

 隣のフレンドリーな連れが助け船を出した。

「そうですね。皆さんお見うけしています」

「今日もどちらかで会合でしたか?」

「そう。よく覚えているね○座」

 話しかけても一文で終わらせようとする気配が満々で、スーツの内ポケットからスマホを頻繁に出しいれしては誰かにLINEで返信している。

 私は切りかえて数十分の地獄を耐える。

「お客さん入ってるね」

「そうですね。ありがたいことです」

「早くに帰っちゃうんだね」

 ブリーフケースを持って立ちあがった客を見て言う。

「終電を気にされているんでしょうね」

「タクシーで帰ればいいのに」

 また、スマホを取りだして返信している。

 それが終わるのをグラスを拭きながら待って

「お客さんはサラリーマンが中心なので平日は特に終電を超えて残ってくださるのはご指名の方だけですね」

「んー……」

「終電を気にされる方は郊外(の店)に流れるんじゃないでしょうか?以前少し郊外のお店にいたんですが深夜まで盛況でした」

「んー……」


『俺は商売人だ!』

と匂わせて玄人目線の話をしたがるので、つき合ってやることにした。

「女の子増えたね」

 店内を見まわして言う。

「繁忙期ですからね。新人さんが増えました。入れかわりが激しくてなかなか定着しませんが」

「そりゃあ新しい子のほうがいいに決まってるよ!お客さんが飽きちゃうからね」

「あー。なるほど……」


 つくづく気が合わない男だと思った。

 飽きちゃう、ってさ。

 確かに内外飽きないように立ちまわるのは商売の本質で一理あるだろう。

 だからって、キャバ嬢は物扱いか?

 とりわけ、熟キャバは働き口が少ないのだ。

 嬢たちは若いころのようによりよい条件を求めて移籍をくり返すのは難しく、多少の悪条件になら甘んじてひとつの店に長く在籍したいと思っている。

 もちろん、そうできるのは、そこそこの売上を維持しつづけられるからなのだが……。

 それに、熟キャバ嬢と指名客は若いころからのつき合いだったりするので、キザオが考える“飽きちゃう”ような昨日今日の関係ではない。

 指名客は指名嬢が移籍するなら甘んじてついてきてはくれるが、本音を言えば、店長やボーイやヘルプ(本指名嬢が同伴((買い物や食事などをして客と嬢がいっしょに入店すること))や指名被りの際に手伝いをする嬢)も含めた顔なじみのいる店に安心して長く通いたいと思っているのだ。


「なんで間接照明つけないの?」

 ソファーの後ろを覗いてキザオが訊く。

「店長の方針です」

「照明暗いね。眠くなっちゃう」

 天井を仰いで言う。

「そうですね。もう少し明るくても私たち耐えられますよ!」

 ハハハ!とキザオが初めて笑った。

 和んだところでつけまわしが抜きにきた。

「ごちそうさまでした」

 私はキザオとグラスを合わせて抜けた。

 上層部や店の顔は立てたつもりだ。

 だが、キザオの好みは新人だ。

 立ちいふるまいなど適当でかまわない。

 三度目の担当を頼まれるようなら、若輩のつけまわしにアドバイスして辞退するだろう。

 

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