ストーカー


(うーん、これも関係なさそう。住所も全然違うし……)


 『黒田区 アパート 事件』で検索を始めて、もう三時間は経っている。


 依子は過去にこのアパートで何か恐ろしい事が起きたのではという思いが拭い去れず、その夜は自分なりの調査に乗り出していた。

 とは言っても、単にパソコンで過去の事件を検索しているだけなのだが。


(やっぱり気のせいなのかな。高志さんもそう言って全然取り合ってくれないし……)


 それでも時折感じる何者かが息を殺してこちらを窺っているような気配は止む事がない。一度そんな風に考えてしまうと、風の音さえも不気味に聞こえるモノだ。


(あ、これは……?)


 もう終わりにしようとザッと画面をスクロールさせた時にそれは目に入ってきた。これまでもそれらしい記事はいくつもあったが、どれも合致しない部分があって空振り。


 けれど、今見つけたこの見出しは理屈ではない『予感』がする。


 逸る思いを押し殺して、気になった箇所をクリックした依子はその画面に釘付けとなった。


【黒田区アパートつきまとい殺人事件】

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 平成〇年3月6日午後11時頃、都内会社員、遠山 順子さん(当時21歳)が自宅の黒田区北本町2丁目のアパートにて、カッターナイフで滅多刺しにされた。

 犯人は同じアパートに住む無職の男、鈴木 知之(当時29歳)。鈴木はその場で順子さんを刺したカッターナイフを用いて自分の喉を切りつけ即死。

だが二人の間に特別な交友関係はなかった。

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(北本町2丁目アパート、二十年以上も前……! もしかしてコレじゃ……?)


 ディスプレイに浮かび上がった、小さな新聞記事。その横にある、四角い枠で囲まれたコラムがまた悪寒を誘う。


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 近年、若者がこのような、いわゆる『付きまとい』の事件を引き起こす事例が急増している。好意を持った相手と実際に交流が無いにもかかわらず、相手も自分を受け入れていると思い込み、付きまとうようになる。好意を押し付け、拒絶されてもそれを認められず攻撃的になることもある。

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「やだ、これってストーカーだ……!」


 思わず呟いて、依子は震える手でスマホを握り電話をかけた。


(高志さん……! 出てよ、まだ仕事中なの……?)


 携帯を耳に当てながら、事件の顛末を綴った先の文章に目を走らせる。


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 順子さんは救急病院に搬送されたが、翌日死亡。

 それまでに聴取出来た話によると、その日初めて自宅に訪ねてきた鈴木に「なぜ自分以外の男が部屋に出入りするのか」と激高され口論になったとのこと。

 その後の調べで鈴木と順子さんの間には交友関係がなかった事が明らかとなり、同アパートで見かける順子さんに鈴木が一方的に好意を持っていたものと推測される。

 尚、鈴木の自宅を捜査したところ、確かに二人に交流はなかったが、鈴木のアパートは

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 ブツッと、いきなりディスプレイが真っ黒になり、電源が落ちた。


(……え?)


 身体が凍りつく。沈黙する黒い画面から、ザワザワとした陰の気配が溢れ出てくる。


(なんで……! なんで急に消えたの。犯人のアパートは……なに? その先は? ここが何だっていうの!?)


 しんと静まり返った部屋。四方八方から感じる粘着質な視線。

 それは依子の襟首を、胸の先を、太腿を、チロチロと舐めては這いずっていく。


「は……。ぃ、やぁ……っ……!」


 その時、無情に鳴り続けていた携帯の呼び出し音がふいに途切れた。


『……依子、どうした……』

「高志さんっ!」


 弾かれたように依子は部屋の隅に移動し、スマホを握りしめた。


「あったの! ネットで調べたたらやっぱりここで昔、事件があった……!じゅ……順子さんって人がストーカーに殺されて……そ、それで……。やっぱりココ、何か居る!」

『落ち着けよ。いいか依子、とにかく……』

「怖い! い、今パソコンもいきなりダウンしたの! 幽霊ってエネルギー体だから電波に乗るとか電気を操るとか、なんかの本で読んだことある。わ、私、こんな所もう……!」

『いいからその部屋にいろ。俺を信じて』

「え? 高志さん来てくれるの!? 高志さ……!」


 ……ツーツーツー……


 依子の言葉を最後まで聞かず、通話は一方的に切られてしまった。


(なんで……? こんな所、居たくない……っ!)


 でも高志は『信じろ』と言った。

 普段から高志は常に誠実で頼りになる恋人だった。その彼が言うことならば依子は従うしかない。


「高志さん……。助けて……早く、早く来て……!」


 部屋の片隅で硬く膝を抱え、身じろぎもせずに依子は時を数えた。

 

 このアパートで、そしてこの部屋で……順子さんは切り刻まれ、犯人は凶器のカッターで自らも命を絶った。それはもう疑いようがない。


 そしてこの部屋には何かが居ると、依子の本能が警鐘を鳴らす。


(カッターで……)


 ふとテーブルの上に目をやると、パソコンの横にある文房具ケースからボールペンなどと一緒にカッターナイフも覗いている。

 ゾクッと背筋に氷水を浴びたような寒気が走った。


(高志さん……! 早く……怖い怖い怖い……)


 ガタッ! と突然リビングの壁が戦慄わなないた。


「……っ!!」


 目を見開き、部屋の空間を凝視した瞬間、今度は天井がミシミシと軋む。


「ひっ……!」


 続いてドタドタと天井裏で何かが走り回るような音。ネズミどころではないその大きな振動に、部屋の天井から埃が落ちてくる。

 いや、埃どころではない。照明器具まで落ちてきそうなほどドスドスガタガタと震える天井。


「なに……? なんなのこれ、一体……いやぁ!」


 その時、天井裏から聞き覚えのある怒声が降ってきたのだった。



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