事故物件


「……え、なに? 帰っちゃうの?」

「明日は早いんだ。ここから出勤すると遠いから」


 依子は毛布を引き上げながら、そそくさと着替えをする高志に向かって頬を膨らませてみせた。


「そんな顔すんなよ。可愛いけど」

「だって……怖いんだもの」

「まだそんな事言ってるのか。この部屋にいると視線を感じるってヤツ」


 彼に苦笑いをされて、依子は思い切り眉を下げる。


「信じてないのね?」

「依子がそう感じるって事は信じてるよ。だから安心できるように、この前も盗聴器とか隠しカメラを見つけてくれる業者を頼んだじゃないか。何もなかっただろ」

「だから……きっとそういうのじゃないのよ」

「幽霊とか?」


 ついにプッと吹き出した彼に、依子は手元の枕を投げつけた。


「笑わないで! だってこのアパート、やけに家賃が安くない? 駅近だし建物は古いけど改装してあってすごく綺麗なのに。しかも住んでる人ほとんどいなくて、二階は私と端っこの大家さんだけ。訳アリ物件かもしれない」

「おいおい、ちょっと神経質になり過ぎだって。今は入れ替わる時期だし、大家さんが儲け主義じゃないんだって不動産屋が言ってたじゃないか」

「そんなの、ホントの事を言ったら誰も借りなくなっちゃうから内緒にしてるのかも……」


 その訴えも空しく、彼は身支度を整えてスタスタと玄関に向かいながら呆れ顔で振り返る。


「まあとにかく。もうすぐ俺たち結婚して他に新居構えるんだから、それまで我慢しな。今夜はそのまま寝ちゃえよ。寝ちまえば視線も何も感じないだろ」


 依子が何か言うより早くダイニングの扉が閉ざされ、続いて玄関が開く音。


「……ふんだ。一緒にいてくれれば気にならないのに」


 ポツリと独り言を宙に浮かばせて、依子は見送りもせずにベッドに再び潜り込む。

 ガシャン……と、鍵の掛かる音が部屋に小さく響いた……。




 

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