その7 最後の魔法

「何だこの魔法は!」

 意外そうな顔で彼は俺の方を見る。

「火風水地天混交の『消滅』か天地混交の『分解』で来ると思ったが」

 魔法が大がかりな分、発動にやや時間がかかる。

 でも彼は逃げる気は無いようだ。


「それも思いついたけれど、選んだのはこれさ。多分黒猫先輩なり子猫先輩に必要なのは忘却という作業だ。忘れるからこそ助かる事もあるって感じでさ。俺には先輩にそう言い切れる程の経験は無いけれどな。

 でも只の忘却魔法では運命の魔女の一人である先輩には通用しないだろう。だから肉体ごと今までの事を忘れて貰う事にしたんだ。記憶と身体を共に過去まで退行させる事で。

 それでは先輩、しばしの別れだ」


 俺は黒猫先輩を、子猫先輩を嫌いだった訳では無い。

 そりゃ黒歴史の事もあるが、それ以外では悪い人だというイメージは無いのだ。

 でなければ生徒会でも騎士団でもあんなに慕われる訳は無い。

 でも先輩が引き起こそうとした事案は重大だ。

 そして俺が知っている以外にも数多くの罪を重ねてもいるのだろう。


 決着はつけなければならない。

 決着をつけたくない。

 俺が選んだ結論がこの魔法だ。

 これは『時間退行魔法、可憐幼女化ロリキュート!』の強化版。

 可憐幼女化ロリキュートは記憶も元のままで時間が経つと元に戻る。

 でもこのプラス版は記憶も身体も昔に戻すのだ。

 小学五年生、十歳から十一歳の頃に。

 

 先輩の身体が縮んでいく。

 数多くの記憶が失われていくのも見えるようだ。

 でも失ったものはきっとまだ築けばいい。

 出来ないことじゃない。

 少なくともここでその可能性を摘み取る必要は無い。


「まずいです。ここの空間が崩れ始めています!」

 和花ちゃんの言葉で俺は思考から現実へと引き戻される。

「どれ位持たせられる」

「そんなに長くは!」


 俺はすっかり縮んでしまった先輩の身体を抱える。

 思った以上に軽かった。

 少々きついが抱えたままで箒の後席にまたがる。

「ぎりぎりまで粘ってくれ。騎士団の連中も脱出させないと」


『その心配は無用です』

 この魔法音声は貫井先輩だ。


『もう他の人は倒れた騎士団員を含めて脱出しました。だから早く』

「わかりました」

 和花ちゃんの操縦で箒は一気に加速する。

 両足と背筋で何とか俺自身とロリ化けしたダルタニャン先輩を支え、俺は耐える。

 あっという間に空間の出口に出た。


 青空の下に出てほっとする。

 でもその前に。

『和花ちゃん、速度落としてくれ。この態勢実は結構辛い』

『わかりました』

 速度が落ちてやっと一息。

 他の箒が近づいてきた。

 見ると貫井先輩を始め知佳、翠さん、彩葉ちゃん、静さん。

 皆いる。


『騎士団の連中は取り敢えず近くの学校屋上に並べてきたわよ。目が覚めれば勝手に返ってくるでしょ』

 彩葉ちゃんの台詞に頭を下げる。

『ありがとう。助かった』


『別に蒼生の為にした訳じゃ無いからね。萌花もいたし先輩達にも世話になった事があるからやっただけだからね』

 ツンデレ具合は相変わらずだ。


『取り敢えず学校に戻りましょう』

 貫井先輩の台詞で改めで箒を学校に向ける。

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