ディオネ ①-3-3
「俺の名前を聞いてどうするつもりだ」
どうするもなにもこのタイミングですよ。マスターに設定する以外に名前なんて聞きませんでしょう。堕天使になり消えてしまった
変なことをお聞きになる。そう思った私は次の瞬間ハッとした。
今の私は天を支配する女王ではない。
地に落ちた、人の言う烏女という種族の、薄汚い
そのような存在にマスター登録されるなんてわかめ好きでもなければ苦痛以外の何物でもないのでは。
「そ、それは……」
ここにきて落ち込む。テンション急降下。
あぁ。私はこの目の前のいと尊き御方にお仕えしたいだけなのに。それすらも許されないとは。
謝罪の気持ちがこみ上げる。
私のようなごみがすみません。
口をきいてすみません。
存在してすみません。
うまれてきてごめんなさい。
そう口にしようとした時。
「いや、言う必要はない。いいだろう、なかなか楽しませるじゃないか女」
私は驚く。
否定でも肯定でもなく。
気にするなでも大丈夫だでもなく、楽しませる。
楽しんでくださるのでしょうか。このような愚物でも。
戸惑う私に、ご主人様はその名を明かしてくださった。
「俺の名はアトラス。西の果ての魔王を倒した勇者の名前だ」
「(――ッ?!)」
衝撃。
この人は何度私を驚かせるのだろう。
何度私を喜ばせるのだろう。
何の理由があって、私の心を救ってくださるのだろう。
私は復讐より解き放たれた。
この血肉に刻んだ怨念の数は計り知れない。
復讐だけを生きる糧として生きに生きた今日までの日々。
それを目の前の少年が成したというのだ。
私の復讐を、私のご主人様が、なしてくださっていた。
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憎悪の日々は唐突な終わりを告げて。
気が付けば私の目の前には、至福の時が揺蕩っている。
頭気持ちよかった。体気持ちよかった。あったかいお湯最高です。
何か問われたが、不覚にも頭がぼうっとして聞き漏らした。
幸せ過ぎて思考が回らない。
多分この状況についてを尋ねられたのだと思う。
「はい。……初めての、経験です」
無難にこたえておく。
だって何もかもが初めての経験なのだから、これは万能な答えだろう。
「お前の値段は法外だった。その理由も当然聞いている。これは千載一遇の好機だと思うがどうだ?」
そうか。そうですか。
私が生き延びていた理由を聞いていたのですね。
ありがとうございます。据え膳食わねば女の恥です。
ここは恥を忍んで、私の欲望を遂げさせていただきます。
そして私はさせていただきました。
ええ、ばっちりと。ご主人様の目に映る私に対して魔眼発動。
マスター登録完了しました。
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「貴様は――――恨んではいないのか?」
「……なにを、でしょうか」
私はとぼける。
わかっています。
復讐の件ですよね。
ご主人様は魔王を倒したことについて仰っているのですね。
「俺は貴様の喜びを――――いや、なんでもない」
復讐を遂げるのは甘美です。
この手で魔王を討ち取れたなら、その喜びは確かに私を満たしたでしょう。
しかしそんなものはもうよいのです。
どうでもいい。
私はご主人様に出会えて満たされたのです。
ご主人様は私から復讐の機会を奪ってしまったことを悔いておられるようですが、どうぞお忘れください。
「私は、ご主人様の所有物です。必要以上によくしていただく必要はありません」
もう充分です。
これ以上は恐ろしい。
幸せ過ぎる今の境遇が怖いのです。
私の心は歓喜に震えます。
願わくば、この幸せを一秒でも長く。
それが今の私の願いなのです。
あぁ、お役に立たなければ。
ご主人様のお役に立ちたい。
役に立つ道具だと思ってほしい。
私にできる事ならなんだってします。
さしあたっては、夜の伽。
超がんばる所存です!
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