神樹騎士団 ⑤-3-2

「あ、え、っと。その、付き合うとは? 護衛のご依頼という事でしょうか、どちらへご一緒すれば――」

「ち、違うわっ! 付き添いってことじゃなくて……わかるでしょ?」


「……え、あ、いえ――」

「だからっ! 私とあなたが、そのっ、け、結婚を前提にしたおちゅき合いをするのっ!」


「……はぁ?」


すまん。素の声が出た。


何を言っているのか意味が分からなかったからだ。


だってこの女との婚姻の話は公式の場でお断りした。つまり済み。破談確定済みだ。


だというのに今更何の冗談か。何らかの罠か?


俺は即相手の悪意や敵意を感知するスキル〈―― 盤上演者 ――〉をばれないように使用した。


――敵対反応は……ない?!


であれば、と、次に使ったスキルは月に一度だけ使える権能〈―― 質疑の天秤 ――〉。このスキルは自分よりレベルの低い者の言動に潜む作為や虚偽を見抜くものだ。


が。


――どういうことだ……天秤が傾かないだと?


ということは、スキルの出した結果を信じるなら、少なくとも姫には俺に対する負の感情が無い、という事になってしまうわけだが。


「な、なるほど? しかしながら姫殿下。その件は無かったこととなったはずでありますので――」

「それは大姉様があなたと結婚すると思っていたからなのよっ! だから私も仕方なく……でもそれは誤解だったのっ! 不幸な行き違いだったのよっ! だ、だからそのっ! 結婚をっ! 結婚して欲しいのっ! 私とっ、あなたでっ、結婚っ!」


いかん。


グイグイ来る。


しかも虚偽がない分たちが悪い。


姫は偽りない真実を述べている。何故そんなことになっているのかはわからないが俺との結婚を迫るその気迫にはまさに鬼気迫るものを感じる。なんで。どうして。わからない。途方もなく壮大な罠に絡めとられたような焦りと漠然とした恐怖が俺の心を満たしていく。


考えうる可能性は――王の調略?


だとしたら、王はマインドコントロールにまで手を出したということ。


――実の子だろうに、何という恐ろしい手を。


確かに王族には自由恋愛結婚なんて許されないのだろうけどこれはひどいよ。あなたの娘、誰かを好きになるどころか恋のバーサーカーになってんじゃん。やり口が雑過ぎだよ。見ててつらいよ。流石に可哀そうだよ。


「いやですから姫殿下少しお待ちを、まずは落ち着いて――」

「それともやっぱり、やっぱり私なんかじゃ駄目!? でも大姉様は別の人と婚姻されるのよっ? それは決定事項なのっ! だからいいでしょっ? ねえお願いっ! なんでもするわっ! あなたのやりたい事なんでもっ! あんなことやこんなことでも大丈夫だからっ!」


近い近い近い。待って、止まって、唾飛んでるって。ステイ。姫様まずはステイです。そして気が付いてほしい、そこには大丈夫な要素が何一つないと。何が大丈夫なんだよだいじょばないよあんなことやこんなことなんてやった瞬間俺の人生バッドエンドルート突入だよ救済のないルナティックモードに人生の難易度が切り替わってしまうよ。あと看破の権能でみえる姫のバフはなんなの。戦意高揚があるんですけど。戦場以外で初めて見たわ。


「姫殿下、落ち着いてください。冷静にお考え下さい、いや考え直しましょう。殿下にはふさわしい方がたくさんいらっしゃいます。私のような粗忽者など相手にされてはそのお名前に傷がつくというもの――」

「他の者なんてどうでもいいのっ! 私は貴方がいいのっ! 貴方と結婚したいの! 結婚がダメなら側室でもいいわっ! 愛人でも妾でも、その、なんなら、ど、どれ、奴隷でもいいからっ!」


「え、どれぃ――いやいやいやいや!」


姫から奴隷って身分を振り切り過ぎじゃない? どんな人生を歩んだらそんな発想が出てくるの。結婚に人生オールインとか重たすぎるよ。仮に姫が本当に有言実行して奴隷落ちしたとしても当方に奴隷の新規採用予定は御座いません。


「ご冗談でも奴隷など、そのような発言はおやめください殿下」


「あなたは奴隷を集めているってダールから聞いたわっ! 奴隷商からも珍しい奴隷を購入いただいたってきいたのだわっ! 私もその中に加えてもらえないかしらっ!」


「…………」


あー。


なるほど。


そういう流れか。


おいダール。


おい奴隷商。


守秘義務。


個人情報。


コンプライアンス。


ふざけんなよ守銭奴商人ども! 姫奴隷って新ジョブが生まれたら責任取らせるからな!


「王女の奴隷なんて珍しいと思うの! どうかしらっ! あなたのコレクションに私を加えてほしいのっ!」


「いえあのですね殿下。何か誤解されているようですので申し上げますが私は決してそういう趣味とかコレクターとかではなくてですね――」


どうかしらっ! じゃない。そんな問いを発する時点で自分の頭がおかしくなっていることにどうか気が付いてお願い。


絶対イケナイ妄想と誤解をしておられるこのお姫様。結婚を意識するお年頃にもなればどうしたってショッキングかつスリリングな大人の世界を垣間見たくなる好奇心を持て余す事もあるのでしょう、それはわかります。


でもだからってそういうのを俺に求めないでほしい。そんな目で見ないで欲しい。誤解なのだけれど誤解じゃない気分になってくるじゃありませんか。無くなった給食費的な。俺のせいじゃないのにもしかして俺のせいかもとかだんだん考え始めちゃうアレ。


これはまずい。これ以上誤解が膨れ上がってしまっては、チキンハートの俺などなすすべなく流されてしまう。ここは一刻も早く、ぐうの音も出ないほどの、完膚なきまでの弁明をせねば。


そう思い弁明の為口を開こうとした時。


――っ?! ……半径五十メートル内に転移反応?


差し込まれたのは奇襲を防ぐ勇者のパッシブスキル〈―― 環境把握 ――〉の警告情報ログ。解析された異常発生座標点は正面。姫の立っているあたりのようだ。


自動的に勇者の権能〈―― 常在守護領域トヘロス ――〉が近接転移をレジストし、相手の転移をディレイ状態にする。


「すみません姫殿下、少々こちらへ――」

「えっ! そんないきなり?! も、もちろんいいわ! 私はこの場ででも大丈夫なのだわ!」


「…………」


何が大丈夫なのかはきかない。突っ込みを完全放棄した俺は無言で姫を抱き上げ、即地上へと短距離転移を実行する。


入れ替わりで、バルコニーにローブ姿の何者かが現れた。

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