ギンヌンガ・ガプ工廠 ④-3-1

キルヒギール領北部にある北の氷山ホーンテッドマウンテン。その麓にある洞窟、奈落の裂け目ギンヌンガ・ガプ


光学迷彩の術が幾重にも施されており、入り口を発見するのはかなり困難だ。


犬どもに案内され山麓にある洞窟へ侵入。真っ暗な道をただただ歩くことしばらく。


どこからともなく、妙な音が聞こえてきた。


――この音、なんだ? ピッケルで壁を叩いているような?


俺は犬どもをいったん止め、ギンとリキとヒミコだけを伴い、音のする方へ歩く。


と、そこには壁を掘っている人型がいた。


背の低い、ずんぐりむっくりな体形をした人型だ。


「あの、すみません」


「?!」


声をかけるとこちらを振り向き、急にピッケルを捨てて壁に背をつけ直立不動となる人型。


毛むくじゃらの豆タンク型体形のそれは、俺から視線をそらし息をひそめている。


もしかするとそれは、隠れているつもり、なのかもしれない。


――ドワーフ?


ドワーフ、またの名をダークエルフ。


実物を見たのはこれが初めてだ。


ダークエルフ、という単語がなまって短くなったのがドワーフという名称の始まりだ、と、精霊図書館の本で読んだ記憶が俺の脳裏に浮かび上がる。


神の思い付きで作られた色々アレな存在のエルフを、邪神が興味本位で自分流にカスタマイズ調整したのがダークエルフの始まりだったとか。見た目をオミットして生物としての頑健さを追求したモデルとも書いてあったかな。


――あ、いっけね、思わず「すみません」とか素で話しかけちまった。


ここには犬やヒミコの目がある。気を入れ直しご主人様らしい威厳のある口調で臨まねば。


「お前はもしかすると、ドワーフか?」


「…………」


「なぜ黙っている? というか、その姿勢は何だ?」


尚も視線を合わせないようにするドワーフ。


――え、……シカト?


俺は無視されたのをまったく気にしていない態度で、今度はドワーフの視線の真正面に移動し声をかけた。


「おい。聞いているのか?」


するとひょいと顔を背けるドワーフ。


――は?


意味が分からない。


なんでそんな行動をとったのかわからないので俺はもう一度同じことをしてみる。


「おい。何の真似だ?」


するとまた、反対側に視線を向けるドワーフ。


何なんだよこいつ。


こうなったら何回でも繰り返してやるよ。


オラ、根競べだ。


何度か同じことを繰り返しているうちに、ドワーフがプルプルと震えだした。


「お主……まさか、見えておるのか?」


「は?」


何を言っているんだこいつ。お前みたいな自己主張の塊、見えないはずないだろ。気づかない風を装わせるには無理のある存在感だよ。


主様あるじさまお気をつけください! 今いずこかから声がしました!』


『あれ? アタルの近くになんかいるね。ツンツンする?』


と思ったのだが。俺の後ろにどうやら何も見えてなさそうな奴らがいる。


ヒミコはともかく、犬どもに至っては「いったいなにをしてるんだろウチの飼い主は」みたいな顔だ。


「それはもしかして……隠匿の加護か?」


「なんと……お主は人ならざる者か」


「いや人だけど」


「そ、そんなわけあるかぁ! この暗闇の中隠匿の加護まで得ているワシをばっちり見られるわけなかろうモン!」


勝手に怒り出して地団太を踏むドワーフ。


そんなことを言われても困るよ。お前の事情は知らんけど、こっちにはばっちり見えてしまっているのだから。


「ねぇアタル、ツンツンする? ツンツンしてよい?」


ドワーフがバタバタ暴れたりしたからヒミコにも認識されたようだ。亜神と化した存在の目すら欺くとはなかなかに強い加護だな。


『もしかして、そこにいるのは岩男か? いるなら姿ぁ見せてくれや。このお方は俺らの新しい首領ドンなんだぁ』


「にゃははは、アタルは勇者だから隠れてもみつかっちゃうお?」


「ふぁ?! 勇者じゃと?!」


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