ディオネ ①-2-1
「奴隷とは、家畜同然に扱われる屈辱に快感を覚える生き物です。ですので、その辺りを配慮してやることこそ、真のご主人様といえましょう」
奴隷商の助言をいきなり無下にしてしまった俺は同じ轍を踏むまいと反省する。
この失敗をどう取り返そう。
精神的苦痛でも与えてやるか。そうだな、そうするしかない。
「貴様の名は確か……ディオネだったか」
「はい。ご主人様」
「よし、ディオネ。ついてこい」
俺はディオネの手を引いて浴室内洗い場へ移動する。
「あの」
ついてきたディオネがおそるおそるといった風に口を開く。
その表情には恐れが見て取れる。声音には怯えがある。
くっくっく。いいぞぉ。怖かろう。恐ろしかろう。貞操の危機をその身でびんびんに感じるがいい。
「なんだ」
「ご主人様の、お名前を、お伺いしても……」
「……(は?)」
俺の名前?
そんなのを聞いてどうすんの? という疑問と、このタイミングで? という疑問が俺の頭の中でぶつかる。
その先にある答えに思いを巡らせ、そこで俺は、奴隷商に聞いたこの女の秘密を唐突に思い出した。
――そうだった。この女は――。
「俺の名前を聞いてどうするつもりだ」
「そ、それは……」
「いや、言う必要はない。いいだろう、なかなか楽しませるじゃないか女」
好奇心は猫も殺すというが、この奴隷に自分が愚かなことをしている自覚はあるのだろうか。
メスという生き物は――いや、奴隷の考えそうなことか。
それとも元王族の気質がなせる業なのか。
少しばかり体が治って調子に乗ったか。
自分の能力を過信した哀れな生き物と思えば納得の行動だ。
しかしいささか浅慮ではある。
俺は余興とばかりに自分の名をメスに教える。
「俺の名はアトラス。西の果ての魔王を倒した勇者の名前だ」
「っ!?」
ディオネは驚き目を見開く。
あまりに予想外だったのか、わなわなと震えている。
そうだよ。お前の目の前にいるのは勇者さんだよ。魔王を倒すほどの強者だよ。
下剋上計画が無理だってわかっちゃった? 魔眼効かないかもってびびっちゃった? あわよくば自分が主人になろうとした計画がとん挫した今の君の気持ちを僕は知りたい。ねぇ今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?
「どうした? 質問は以上か? ならばこっちにこい」
俺はディオネを目の前に立たせて、脇に置いてあった小さな椅子を引き寄せる。
そして椅子に座らせた。
くっくっく。何を恐れる。今宵の宴はまだ始まってすらおらぬぞ? ここからがスタートよ。とばかりに俺は風呂場の脇に置いてある手桶を取り、なみなみとお湯が入る湯船から桶にお湯をすくうと中のお湯をディオネの頭上からぶちまけた。
ふたたび驚くディオネ。
ずぶぬれのディオネの黒い肌に黒く長い髪が張り付く。
驚くディオネに構わず俺は何度もお湯をすくってはディオネにかけた。ぶっかけ祭りである。
――ふっふっふ。まずは頭からあろうてやるかのぉ。
シャンプーと呼ばれる東方の品だ。
手で泡立ててから、ディオネの頭に手を置き指の腹で地肌をもむ。
「あ、あっ、あッ、あぁっ」
小刻みに驚きとも恐れともつかない声を漏らす烏女。
なかなか泡立たない。
諦めてお湯で髪を流す。そしてもう一度初めから髪を洗う。
三度目で泡立つようになった。
次は身体を洗う。
同じく東方発祥の香油ボディソープの入ったツボを
シャンプーと同じく手で泡立てて、ディオネの首から洗い始める。
お兄さんどこから来たの? あら遠くから来たのねえ、楽にして私に任せて、的な、御上りさんのお相手をする熟練洗い手ばりのセリフを脳内に流しながら、俺はディオネの身体を指先だの指だの掌だのを駆使して丁寧に撫でていく。
顔も腕も胴も足も、付け根も関節も指の股も、ケツの割れ目も股の割れ目も丁寧に丁寧になでこすり洗う。
「あッ! は、っぁ、んん、ぅ」
股の割れ目を洗う時だけ変な声を出していたが烏女は黙って洗われていた。
身体も頭と同じで一度では泡立たなかった。なので三度洗った。その間ディオネは目をぎゅっとつむったりして耐えていた。
お湯で流すと心持肌の色が明るくなった。
黒色ではなく、暗褐色の肌。
角質が取れたからか、三度目に流した肌は驚くほどきめ細かく、しっとりもちもちしていた。
まぁいうても成人だし子供みたいなお肌の若さはボディソープの力だと思う。
「ここに入っていろ」
洗い終えたディオネを湯船に漬ける。
特に反論もなく言われた通りにしている。
俺もさっきディオネにしたように自分の体を洗う。
全身にお湯をかけ泡を流してから俺も湯船へ。
ディオネに向かい合う形で座る。
これぞ恥ずかしにらめっこである。
どうだ恥ずかしかろう。
乙女として羞恥でいっぱいであろう。
俺は今、奴隷の主人としてその務めを果たしている! という為すべきことを達成した高揚感が俺の心を満たしていく。頬が緩みそうになる。
だが。内心でニヤニヤしつつも俺は真顔を取り繕う。心の奥底ではわかっているからだ、こんなことは出来て当然であると。当たり前の事をしただけなのだと。だから表立って喜ぶ姿を晒すわけにはいかない。特に目の前の奴隷にだけは。そんなのバレたら恥ずかしい。格好がつかない。
「これは風呂という。人はこうやって一日の終わりに身を清めるのだ。お前たちにはない習慣だろう?」
「はい。……初めての、経験をしました」
ディオネは顔を赤らめて小さく答える。
風呂の温度はちょい熱めだ。だからか少しのぼせ始めたのかもしれない。
「俺も装備を外した状態で誰かと無防備にこの距離で対峙することは初めての経験だ」
そういって俺はにやりと笑う。
俺がわざわざこの奴隷と同じ湯船につかっているのは何もこの女を困らせてやる為だけではない。
俺はこの女がスキルを使うのを誘っているのだ。この女――烏女の女王の固有スキル〈―― 傀儡眼 ――〉の発動を狙ってわざわざ無防備をアピールする。
「今なら魔法も呪いも、かかるかもしれんなぁ」
その言葉に息を飲む烏女。
その後、じっと俺の目を見る。
「お前の値段は法外だった。その理由も当然聞いている。これは千載一遇の好機だと思うがどうだ?」
俺は挑発する。ここで使わなければ次はない。暗にそう言ってやった。
すると女は一瞬考えてから、
『〈تصبح زوجة أطلس〉』
その権能を行使した。
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