ディオネ ①-2-2
「…………(?)」
おかしい。
何の変化もない。
俺は考え込む。
確かに烏女は権能を行使した。
しかし俺に変化はない。
この女は確かに力を使ったはずなのに、何も起きなかった。
力を使った後、女は一度立ち上がり、立ち眩みを起こして俺にしなだれかかったがそれだけだ。
したがって俺のカウンタースキル〈―― 権能奪取 ――〉は不発した。自分よりレベルの低いものに発動する〈―― 傀儡眼 ――〉の絶対順守の力を得られなかった。
仕方がないので俺はディオネを抱えたまま風呂から出て、全裸のディオネを布にくるんで寝室へ。
キングサイズのベッドに腰掛けた俺は、片腕でディオネを支えたままアイテムデポから経口補水液を取り出す。
高い金を出して買ったのだ。こんなことで死なれては困る。
ディオネは意識を失っていたので〈―― 肉体回復・F ――〉で意識を覚醒させてから飲ませた。
喉が渇いていたのかボトルに入っていた経口補水液を飲み干すディオネ。
俺はディオネをそのままベッドに寝かせる。
最初のうちは肩で息をしていたが、数分もしないうちに呼吸も穏やかになる。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
ディオネは弱弱しく礼を述べた。
「気にするな。お前には金がかかっている。買った当日に壊すわけにはいかん。少し休んでいろ」
その場を離れる俺の背中にもう一度礼を述べるディオネの声。
背を向けたまま片手をあげそれにこたえて、俺は部屋の外に出る。
おかしい。
部屋を後にし、俺は歩きながら考える。
ディオネのMPは枯渇していた。
やはり全力で魔眼を使ったのだ。
それなのに俺は何の能力も得られなかった。
魔眼は権能奪取の対象外なのだろうか。
あれはスキルではなく、魔眼というアイテムを使うのにMPが減ったという構造なのか。
だとしたらあの目をくりぬいて素材化すれば魔道具を作れるのか?
わからない。
でも試す勇気はない。アレから目をくりぬくとか俺にはちょっとできそうにない。ヘタレだから。
厨房の保冷庫を漁り、冷えた器にアイスクリームをよそい、果物を載せてホイップクリームをトッピングしながら俺は考え続ける。
烏女族の女王ディオネ。かつてその権能に目を付けた魔王に服従を迫られ、反発したことで滅ぼされた一族の長。戦いの中で翼と瞳を失い、落ち延びた先で紆余曲折を経て奴隷となった女。
どういう経路であの店まで流れたのかは知らないが、出会った時のあの状況から察するにさぞ過酷な環境下におかれていたことだろう。
烏女という種族は人族を下に見る。傲慢で尊大な種族の一つだ。
その女王が人に対し心からかしずくことはあり得ない。
あの女は奴隷に落とされたことを恨み、人間に復讐をしようと思っていたはずだ。奴隷としての調教を受け、奴隷の喜びをその身に叩き込まれようとも、人間の主人に対し反発を持たないはずはない。隙あらば主導権を奪いに来るだろう。
ゆえに必ずいつかその権能を使ってくる――そう踏んだのだが、結果はスカ。
――どうしてだ。わからん。
寝室に戻った俺は、器とスプーンを烏女に差し出す。
「あの……これは?」
「食べるがいい。薬のようなものだ。のぼせた体には丁度よかろう」
ディオネは器を受け取り、アイスクリームをスプーンですくい取り口に運ぶ。
「~~っ!?」
声なき絶叫。荒ぶる鼻息。
驚きに満ちた変顔芸のような表情変化。
おいしいですおいしいですと喚き散らす烏女を見ながら、俺はこの女が何を狙っているのかを考え続けた。
女がアイスを食べつくし、はしたなく(でもちょっと控えめに)皿をなめ始めるまで。
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