ディオネ ①-2-3
夕食。
給仕のオートマトンが最初に運んでくるのはパン。
次いで
緑の野菜の上にチーズ、トマトが乗っておりドレッシングがかかっている。
次に出てきたのは
今日はシーフードパスタ。
奴隷だから手で食べ始めるのかと思ったがそんなことはなかった。
ディオネは器用にナイフとフォークを使って食事をする。
腐っても元女王という事か。
食べ終わるとナイフとフォークをそろえるのも忘れない。
それを確認したオートマトンが次の皿を持ってくる。
在庫の関係で魚料理ではなく肉料理。竜の肉のグリル。
本来なら魚介か肉かどちらか一方で統一されたメニュー構成であるべきなのだが、魔王城で殺しまくった邪竜どもの肉が余りまくっているのでしばらくは変則構成である。
ここまで互いに無言。
黙々と二人向かい合わせで食事。
――しまったな。
ここでやっと俺は、また一つやらかしてしまったと気が付く。
ディオネの食事は床に置くべきだった。
考え事をしていたのでそこまで気が回らなかった。
ディオネは食べ始める前に何かぶつぶつ言っていたのだが、俺が何気なく黙っていろと言ってしまってからは無言だった。
今思えばあれは、きっと床で食べたいと主張していたのだろう。
もしくは猫まんまがいいです、と言ったのかもしれない。
くそ、失態だ。
完全に聞き流していたため記憶がない。
また彼女の喜びを奪ってしまった。
このままでは悪いご主人様へ一直線ではないか。裏で陰口を言われる裸の王様な主人となってしまう。
――挽回せねば。
よいご主人様と思われるよう点を稼がなければ。このままだと勇者の沽券にかかわる。
「…………」
とはいえ。
今更「床で食え」とは、言いづらい。
だから言ったじゃないですか初めにお願いしますよ、クス。とか心の中で嘲笑されたら俺の心はきっと耐えられない。そんなことをされたら一気に俺のお顔は真っ赤になってしまうだろう。この場での食事変更命令はブロークンマイハート案件となりうる。リスクに対しリターンが見合わな過ぎる。残念だが諦める他はない。
「貴様は――」
故に俺は、後悔の念を振り払うように言った。
ここは正直に言おう。ごめんなさいしよう。
そう思った。
「恨んではいないのか?」
変化球。「恨んでいるか?」とはきけなかった。表現が直接的過ぎて。
「……なにを、でしょうか」
「俺は貴様の喜びを――」
喜びを奪ってしまったのだぞ。君のご飯を床に置き忘れた駄目な主人だぞ。
そういいかけて、はっ、と、言葉を止める。
そんなことを言ってどうするのかと気が付いたからだ。
今更、なんという問いか。
いかなる含みがあろうとも、結局それは俺の弱みにしかならない。
出会って間もない、信頼関係などまるで構築できていない間柄だ。下手をすれば弱み見せて終わるだけにとどまらず「こいつワロス」って思われる可能性すらある。
反省はしている。だがそれを告げてどうなる。そんなことをしても失われた喜びの機会は戻ってこない。むしろ舐めて観られるようになって良いご主人様活動に支障をきたす可能性しかない。奴隷は主人に優しさなんて期待してはいないのだ。
奴隷が欲しているのは身を焦がすような苦痛という甘美な快楽だけ。
それだけが、そしてそれこそが奴隷のモチベーションである、と、奴隷商は言っていた。
現状、ここで謝罪をしてスッキリするのは自分だけだ。奴隷にとっては迷惑でしかない。奴隷に気を遣わせたり不安にしたりする人間が果たして主人としてふさわしいと言えるのか。そんな弱い人間が奴隷を購入した主人としてその責務を全うできるのか。
「――いや、なんでもない」
俺がそういうと、ディオネはうつむいた。
あれ。
やばい。なんか感づかれたか? ポーカーフェイスしていたつもりなんだがなんか顔に出ていたろうか。
この反応はどっちだ? セーフなの? アウトなの?
「私は、ご主人様の所有物です。よくしていただく必要はありません」
物憂げなトーン。まるで己が罪の糾弾を求めるかのような。
――……これは、恐らく……。
ああ、やっぱりそうだ。
――この女は、虐待を渇望している。
その声音から、やはり虐げられたかったのだと俺は確信する。
奴隷商の言うとおりだ。この女は害される喜びを求めていた。そういうことでいいのだろう。
危なかった。俺はそれに配慮できない主人とみなされるところだった。
「…………」
「…………」
しばらく。俺は無言になる。
女もそれ以上何も言わない。
これが世に言う以心伝心という奴か。これ以上の会話は野暮というものだな。
この空気こそ目の前の奴隷の求める
「…………」
「…………」
そうして夕食は、ラストのデザートへ。
アイスクリームをメインにしたクレープ包み、オレンジソース添え。
俺だけデザートをキャンセルしてエスプレッソ。
興奮を厳しく律するような顔をして、努めて冷静にデザートを食べるディオネを眺め
ながら、俺はエスプレッソの苦みをかみしめるように味わう。
或いは理解しがたい苦痛という快楽について、カップの湖面に映る自分に問いかけるようにして。
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