ギンヌンガ・ガプ工廠 ④-1-3
烏女の長屋にある長の部屋。
昨日まで誰も使っていなかったその部屋に、今は一人の女が住み着いている。
「機を織りあげるまで見ちゃだめなのだ!」
部屋の中にいるのは蜘蛛女こと、新生世界樹の力によって早々に脱皮を終え
昨日烏女の一人が綿から糸を紡いでいるのを見たジュンコが自分にもできると言い出して烏女の長の部屋にあった機織り機で機を織りだしたので、俺が暇つぶしに精霊図書館で見た機織り鶴の物語を教えてやったら気に入って真似するようになってしまった。
「これ勝手に覗いたら物語みたくバイバイするのかな」と期待して俺が部屋の戸を開けたら、そこで見せられたのは口から糸を大量に吐き出しつつ背中に背負ったランドセルから伸ばした四本の毛むくじゃらな蜘蛛足を駆使して機織り機を操作しているという中々におぞましい光景。
部屋中に張り巡らされている蜘蛛の巣を見ながら俺はなんであんな話を教えてしまったのだろうとものすごく後悔した。
「あーああけちった。あちきはアタルに助けられた蜘蛛なのだ。恩返しで布を作ってたけどもうおしまい。人間の体になっちったから交尾するしかないのだ!」
「待ておかしい。そんな話ではなかったはずだ」
「アタルが戸を開けたからしかたないのだ。そういう話なのだ」
「ヒミコ。嘘はいけない。鶴の恩返しはそんな話ではない」
「アチキは人間になったのでアタルが好きなことができるのだ!」
「俺の好きなことはヒミコとの交尾ではない。交尾は誰かれ構わずするものではないんだよ」
「アタルの嘘つき! 男はみんな交尾が好き!」
「そういう男もいるだろうけど俺はそうじゃないんだ」
「むー! アタルは嘘つき。男だから交尾が好き!」
「嫌いではないけれどヒミコはまだ子供じゃないか。大人は子供とはそういう事はしないんだ」
「男は小さい女が好き! 男はみんなロリコンだってヨウヤクのおっちゃんが言ってた」
「ヨウヤク先生の言葉を真に受けちゃだめだヒミコ。あの人は変人だからね」
「変人?」
「そう、変人。変態ともいう」
「変人で変態?」
「そう。変人で変態。だからヨウヤク先生の言葉は真に受けちゃいけないよ。俺の言う事の方が世間では正しいんだ」
「アタルのほうが正しい?」
「ああ。俺の方が正しい。ヨウヤク先生よりはね」
「でもアタルはアチキより年下なのだ。アチキで童貞捨てたくせに」
「ちがう。俺はヒミコで童貞は捨ててない。嘘はいけないヒミコ」
「でもアタルは初めてって言った」
「あれは典雅の話だ。そういうのを初めて使ったっていう話」
「でもあれはアチキのなのだ。添乗典雅は今アチキのホトの中で唯我独尊だよ?」
「え?」
「もういっぱい子蜘蛛を産んだのだ」
「えぇ……」
「なんなら補充もでき――」
「あああああ、わかった! ヒミコ! その話はまた今度しよう! そうだヒミコ、俺は君に手伝ってほしいことがあってきたんだよ、また俺を手伝ってくれるかな?」
「ほよ? 手伝い?」
「うん、手伝い。久しぶりに戦闘もあるかな」
「えぇ! 戦闘! きゃはははは! 戦闘好きー! たべものいっぱい!」
「そうだね。食べ物一杯」
「わかったのだ! アタルの為にアチキは一肌脱ぐのだ! きゃははははは!」
俺は神樹庭園から魔の森にヒミコを伴い戻る。それはもうそそくさと。一瞬で転移。
景色が変わり、視界は森の中。〈―― 多次元門 ――〉のある座標に着地。
「お前に任せたい仕事はこの森の害虫駆除だ。ここから俺の館まで烏女どもを通勤させるのにその安全を担保せねばならん。害虫だけでなく危険生物や魔物害獣も――」
「わぁ、丁度よかったのだ。ご飯がなくて赤ちゃんがおっぱいから離せなかったの解決なのだ!」
「……は?」
ヒミコがそういうや否や、彼女の背負ったランドセルの隙間から三センチくらいの子蜘蛛が大量に出てきては周囲に飛んで行く。
――眷属召喚?
冗談だよな。まさかお前の子供とかじゃないだろ? え、誰の種使ってんの? 想像するのが凄く怖いんだが。
「きゃはははは! みんないーっぱい食べて大きくなれー!」
「…………」
亜神になったヒミコは眷属召喚という特技を備えた。大量の蜘蛛の子をまき散らし意のままに従わせる権能だ。
魔力切れで消滅する幻獣ではなく、育てれば成長するというメリット付きの召喚魔術。亜神――つまり神は、備えている権能を強くするために信徒を必要とする。蟲の
成長した子蜘蛛は知能が高まるにつれ主を崇めたく成る欲求に駆られ、崇められたヒミコは神としての格が上がりパッシブ亜神バフがかかっていくという素敵仕様。ヒミコを強化するなら子蜘蛛の育成はとても効率の良い作業なのである。
――子蜘蛛に適した餌は自然界の蜘蛛と同じく虫。クソな領地を押し付けられたと思ったけど結果オーライじゃないか。持ってるな俺。
ヒミコクラスになれば世界樹の葉も食せるが、子蜘蛛には世界樹の葉は固すぎる。子蜘蛛はそもそも肉食だ。ほぼ原生林と言える魔の森には虫が湧き放題。子蜘蛛らにとって食糧の宝庫といえるだろう。
人間の言う普通の虫とはいささか異なりはするが、蜘蛛の神の眷属であれば全く問題なし。結構食べ放題な環境になると思う。
ヒミコの眷属は長い年月を生きながらえ、経験を積み重ねれば脱皮前のヒミコくらいにまで成長するというし、俺の配下が充実していくというのはとても素晴らしい。楽できそう。今後が楽しみだ。
「もし可能なら牙や爪、皮など使えそうな素材は収集しておいてくれ」
「わかったのだ。どうせ食べるのは肉だから問題ないのだ。きゃははははは!」
とまぁ、凄く冗長に子蜘蛛の事を頭の中で整理しまくってしまったのは、決してあの子蜘蛛らは俺の子ではないという事を自分に言い聞かせるためである。だいたい人間の精子で蜘蛛が受精するわけないだろそんなわけあるかそんなことはありえないんだそんなことこの世の生命の営みが許さないそれを管理している系の神様がいたら絶対にお許しにはならないはずだ絶対に許さない。
許さないよね。
間違っちゃうとかもないよね。事故ったwとかもやめてマジで。振りじゃなくマジで。
本当にお願いします神様。
何卒。
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