ギンヌンガ・ガプ工廠 ④-1-1

急造要塞を神樹庭園に再設置してから数日。


朝起きたらベッドには一人。


ディオネは神樹庭園の復興作業。


マルギットはそのサポート。


オートマトンのログから二人がきちんと朝食をとったことを確認し、俺も朝昼兼の遅めの食事をとる。


コルネットにヌッテラを塗ってもぐもぐ。


ヨーグルトをかけたドライフルーツ入りグラノーラもぐもぐ。


甘いエスプレッソを啜る。


ビスケットを一枚、生チョコムースを塗ってぱりぱり。


これらの原材料であるコーヒー豆やカカオ豆などは熱照雨森大陸で大量に仕入れたものだ。


今いる大陸では流通していない稀少品だが、もしかすると近々キルヒギール領の特産物になるかもしれない。食卓に出る食材に興味を示したディオネが「栽培できるか試させてくださいませんか?」と研究の許可を求めたからだ。


聞けばこの庭園では大抵の作物を育てることが可能だという。そういうことならと、ついでに使い道がなく保存していた絶滅した植物の苗とかも一緒に渡してみた。余程珍しい植物だったのかそれらを見てディオネはめっさびっくり顔になってたけど、すぐに納得顔になっていたのできっと大丈夫だろう。


一瞬「お前は今何を理解したの?」って聞きたくなったけど難しいことを言われて理解できずボロを出すのが怖かったので何も聞いていない。部下を信じて結果を待つことも上司の役目だと思う。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




食後にぼんやりしているとマルギットがやってきた。


「午後からはご主人様の警護兼雑務をするようお姉様より拝命しております」


最初の塩対応は何だったの? というくらいの変わりぶりを見せているマルギット。


その態度には慣れてきているけど、どうしても裏があるのではないかと勘繰ってしまう。手のひら返しって基本信用できないよ何きっかけか知らんけど。ディオネの魔眼で縛られているから俺を陥れるようなことはしないだろうとは思っているが、それで安心できるほど世の中はスウィートではない。でも表立って警戒すると小物臭が漂ってしまうから寛容で尊大な態度を取るよう心がけている。


奴隷に隙は見せられない。見せたが最後「あ、ご主人様ったら(笑)」と、その後は事あるごとに生暖かいまなざしを向けられることになるだろう。そんなのは耐えられない絶対にダメだ勇者の沽券にかかわる顔真っ赤案件だ。


今日もポーカーフェイス全開で「お前なんか眼中にねえよ」くらいの勢いを取り繕ってコミュ障は言葉を紡ぎます。


「今日は夕方犬どもの様子を見にいく。お前はそれまで自由にしてよい」


「はっ。ではこの場に控えさせていただきます」


そう言って背筋を伸ばし直立不動となる自称天使。


…………。


本当にただ立ってやがる。


いや。


いやいやいや。


そんなところに突っ立っていられると気になって心が休まらないんですけど? 門番ならぬ俺番とか心から勘弁してください。


「俺はここにいるから警護は不要だ。ディオネの手伝いにでも戻るがいい」


「お姉様の命令はご主人様のおそばに控える事ですので、手伝いというなら現状こそが一番の手伝いかと」


「……そうか」


この女、無駄に勤勉である。


しかし盲目的な仕事をするのはどうなのだろう。


仕事を真面目にすることには好感を覚える。だが周りをよく見るべきだ。


警護なんていらないと思いませんか。


よしんば何かあったとしても俺の方が強いし控えめに言ってお前足手まといにしかならないだろ。雑務だってオートマトンがいるからお前にできることは何もないよ。パートタイマーじゃないんだから時給だって発生しないし。君が主人のそばに控えても何一つ得られるものなんてないんだ。そんなことするくらいなら昼寝でもしてろよ。っていうか君ら何時に起きたんだい。


俺は気になって急造要塞内のログを照会してみる。


六時台には起きてるな。睡眠時間三時間無いくらいか。


ナポレオンかな?


「マルギット。ディオネもお前も体調は万全か? 疲れているなら休め。昼寝をしていてもいいぞ」


「いいえ滅相もない、昼寝など必要ございません」


「しかし朝早かっただろう。睡眠不足は美容の天敵だというぞ」


「え……」


何を考えたのだろう。唖然とした顔で暫し固まるマルギット。


「あーあ。美容をないがしろにして見目が悪くなったら奴隷価値が下がってしまうなぁ。目の下にクマを作った顔で俺の横を歩こうというのか我が奴隷らは。はぁ、嘆かわしいことだ」


「あの……少し席を外してよろしいでしょうか。お姉様に相談がありまして」


「うむ。行くがいい。そして睡眠の必要性をディオネにも説くがいい」


駆け足で出ていくマルギット。


美容というワードに反応してたな。


自称天使なのに美容に関心があるのだろうか。


君ら人間じゃないのに目の下にクマとかできんのか? ビタミンとかなくても自前で生成できる種族だろ? 眼の下にクマができてる天使の絵とか俺見たことないんだけど。でも睡眠不足はお肌の大敵だっていうのはよく聞く。だから多分そうなんだろう真偽は知らんけど。


――お肌問題はともかくとしても、だ。


お昼寝はその後の仕事の能率を上げてくれるのは本当だと思う経験的に。眠気を我慢して作業するとつまらないミスをする可能性も上がる。なので美容云々関係なく休憩は適度にとってほしい。変なミスをしてその後始末をさせられるくらいなら有給休憩してもらったほうが結果利である。


しばらくしてやってきた二人。


交代で仮眠休憩をとる件の承認を求めに来た。


二つ返事で了承。


そんなに美容を気にしてるなら今度化粧水の一つでも渡してみようか。


まぁ無理はしないで欲しいと願うばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る