マルギット ③-3-3

「なッ!? なななななッ!?」


神気。


私の体の芯に冷たい氷柱つららが差し込まれた。


空気が変質する。


空間がうねり、風が波打ち、私はその波に飲まれた。


身体が浮き上がり、突如発生した聖域の圏外へはじき飛ばされた。


草原に二転三転、したたかに体を打ち付けられた私は、顔を上げ目を見開いた。


聖域を取り巻く風の結界。


見たことがある。私が生まれて間もない頃。神々がこの世界を去った時代。神の世界へ至ろうとした亜神らが建造した天空樹バベル。それを取り巻いていた聖なる結界。あらゆる禍々しい力を中和し世界を修復する神の奇跡システム


それは、それと、同じものに見えた。


――ありえない……こんなのありえない……。


魔法のアイテム云々の芸当ではない。


力を動かしているのはどうみてもニンゲン。


世界樹が呼応した。世界樹はニンゲンを上位存在として認めそのすべてを開示した。


世界樹から恭順の証たる緑色の光が溢れ出す。その光景に私は呼吸を忘れ見入っていた。


なんて暖かい。何と優しい気持ちにさせてくれる光なのか。


え?


え? この力の奔流……これ――世界樹の初期化フォーマットからのリ・植樹インストールをしているのですか……?


これって創造神が使う権能では?


下界において創世の光とか呼ばれているやつだったような……?


「こんなものだな。ではいくぞ、マルギット」


自分の目が信じられない。


これは夢? それとも死後の世界?


不可逆の変質による世界樹の劣化は絶対に回復させられない問題なのに。


それをこんな簡単に、たったわずかな時間で……こんなのってないよ。



動けなくなっている私の腕を取り、彼は私を立たせる。


感覚はある。肉体はある。多分私は生きている。


だけど今見たものは、夢ではない。


そしてこの人型のナニカもニンゲンじゃない。


だってあの力は人の域を超えていた。


アナタはいったい……。


使徒なの?


もしくは人のふりをした、神様なのですか?




◆◆◆◆◆◆◆◆




そうして私は唐突に理解した。


やはりお姉様は神に愛されていたのだと。



「陛下? ……それはもしかすると、俺の事か?」

「はっ! は? あ、いえ、陛下は女王たるディオネお姉様の夫でありますので、敬称は陛下が適当であるかと」



人型の姿をした彼はお姉様の夫ではないという。


考えてみればそうか。神に伴侶など。


けれど彼はお姉様を隣に置いている。


つまりお姉様は、その隣に侍ることを許された存在ということだ。


さすがお姉様です。


畑を耕すだけの私たち木の根っことは違います。


既に玉の輿の座を確実にしているとは。


伊達に世界樹の巫女の処女を捧げてないのですね。



「過去の栄光が忘れがたいという気持ちはわかるが、新しきを知り受け入れることも器量の内ではないかなマルギットよ」



落雷に体を撃たれたくらいの衝撃だった。


過去の栄光――それは私たちが夢の中で反芻し続けてきた誇り。


私たちの努力。私たちの実績。そんなものに縛られるのは狭量だとこの御方は言ったのだ。


え? え? そんな。それって、ちょっとひどくないですか? って、馬鹿な私は一瞬思った。



「は! では、何とお呼びすれば、よいのでしょうか」

「なんと……? 何を迷うことがある。ディオネと同じでよい」

「――っ!?」


「どうした?」

「では私にも……いえ、かしこまりましたご主人様!」



けれどもそういう意味ではないと、私はこの時気が付いた。


あぁ、なんて心の広い人なのだろう。あなたは私をお姉様と同等に扱ってくれるというのですか。


私は自分が恥ずかしい。


ファーストインプレッションだけで塩対応した自分が。


私ならあんな態度されたらずっと根に持ってる。


私が彼の立ち居場なら、もっともっとものすごい尊称で呼ばせていたと思う。


それで逆に相手の事をメス豚とかダニとかうんことか言っていたと思う。


けれどもこの御方は違うのだ。それを示されたのだ。


過去は過去。今は今。


過去の成功も失敗も、等しく「今」の前では意味をなさない。過去の武勇伝をかざし未来を求める事にも、過去の失敗をほじくり返し責めることにも、等しく意味はないのだと。この方は今、私にそう言って聞かせたのだ。


神。この御方は神。


恥も外聞もない。ここからは鮮やかに手のひら返ししてポイントを稼ぎにいくと私は決めた。


お姉様に並ぶことは無理でも、その次位になれるよう頑張らなくては。


もう誠心誠意、体も心も処女膜も何から何まですべてを捧げてお仕えしなければ。




◇◆◆◆◆◆◆◆




ごはんくらいは食べさせてもらえるかなって思ったけど、ここまでとは思わなかった。


これ、神の料理?


最後の晩餐じゃないですよね。


いつもなら煩わしく感じたかもしれないお姉様の厳しいご指導がなければ、私はその味の前に正気をたもってはいられなかっただろう。



驚愕はそれだけで終わらない。


興奮冷めやらぬまま食後に連れていかれたのは、お風呂なる沐浴施設。


「え? え? あ? え? ええぇ!? あっ! あッん! あぁッ。ん、ん……」


なにこれ。


身体って水で清めるものじゃないのですか?


香油が。泡が。ご主人様の手の温かさが。


そのちょっと固めの指が私の身体を程よく刺激し、今まで感じたことのない気持ちが沸き上がってくる。



気が付けば、私の目の前には、至福の時が揺蕩っていた。


頭気持ちよかった。


体気持ちよかった。


あったかいお湯最高です。


お姉様ずるいです。これを独占していたなんて。


あぁ、これは堕ちますね。私の心はご主人様へのラブで一杯です。


お姉様の気持ちが今ならわかります。


いやがおうにもご主人様のお役に立ちたいと思ってしまう気持ちよさです。


遅ればせながらこのマルギットも理解しました。


ええ、私にできる事ならなんだってしますよ。


さしあたっては、夜の伽。



超がんばる所存です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る