マルギット ③-3-2

「年若き同胞の皆さん。私は天使長にして世界樹の巫女ディオネです! 控えなさい!」


突如結界を食い破り現れた次元の扉。


報告を受け一斉招集をかけた私は驚いた。


出てきたのはニンゲン。


そして……お姉様。


お姉様の姿は変わり果てていた。


それは私の知るお姉様ではなかった。


かつて神の先兵として十六闘神にも渡り合った伝説の四大天使が一角・天壌の癒者ディオネ。


その顔にこそ面影はあれど、その姿はまるで別物。


なんと言う事だろう。


神性を感じない。


世界樹の番人としての権能が告げる。かのものは神の花嫁としての資格を失っていると。


「うろたえるな同志たちよ! この者は長ではない!」


私は自分でも驚くほど強烈な失意を感じていた。


私の大事な大事なお姉様。新品未開封のまま丁寧に丁寧に扱ってきた花の神秘。


乾く衝動を抑え、強引に飲み干すことを我慢してきたのに。あふれ出る蜜をなめることで耐え続け、じりじりとする我が心をいつか来るであろう快楽の日を夢見て抑え込み、忍んできた。


「久しいですね。マルギット」


「黙れ! ディオネ様の名をかたる賊が! よもやその名を出して生きて帰れるとは思うまいな!」


私は錯乱した。


壊れゆくおのが心に悲鳴を上げた。


あれは姉にあらず。悪魔の手先だ。


そう思う以外に取れる行動は無かった。


「マルギット。何をもって私を偽物扱いするのです?」


「知れたこと! 我が権能は巫女を見間違わぬ! 貴様は巫女ではない!」


「そう。でしたらもっとよく見てください。私はディオネです」


「黙れ! 黙れ黙れ! 我が権能は言っている! 貴様はディオネ様ではない!」


嫌だ。認めたくない。


そんな……あんまりだよ、こんなのってないよ。


だが、私にはわかる。わかってしまう。


お姉様のお声が、処女膜から出ていない……。


出て、いない……。


…………。


…………。


…………。


ひどすぎるぅ!


これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ!!


「いいえ。私はディオネです。ならばこの身体に刻まれた四大天使の紋章を見――」

「黙れぃ! 純潔を失ったお前などディオネ様であるものか! 皆の者討て! あの偽物を! あのビッチを討ち取れぃ!」


その瞬間、私の中のなにかが弾けた。


お姉様の純潔が散らされたという悲しみがその時とうとう限界突破し、私は闇堕ちした。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




何処からともなく現れた天敵の一撃で私は失神させられた。


一度ブチ切れたからだろう。或いは肉体的衰弱も重なってか、私は何とか冷静さを取り戻した。


認めたくはないが、アレはお姉様だ。


かつて十六闘神アスモデウスすら抑え込んだという魔眼を躊躇なく同胞に向けるお姉様。


そこにいたのは最早私の知るお姉様ではなかった。


一皮向けた大人の女だった。


完全に処女臭が消えていた。


あの目に覗き込まれたが最後、私たちは抗えない。これが処女を卒業し悟りを得た女なのかと私はお姉様を畏怖した。


「マルギット、行きなさい。ご主人様のお役に立つように。もしもの時は死になさい」


「かしこまりましたお姉さま」


どうしてこの私がニンゲンなんかに。


あぁ、いっそこの場で殺してくださいお姉様。


お姉様の手にかかるのなら、私は本望です。


でもそれは過ぎた願い。お姉様の命令には絶対服従な私たち。けれど命令は選べない。親を選ぶことの出来ない子供のように。


あぁ、せめてお姉様の身の回りの世話をする命令に変更いただけないものか。


私なら何時間だって非処女になったお姉様のお股だって舐め続けられるのに。


「いや、どのくらい世界樹を活性化させようかと思ってな」


「……はぁ」


何言ってるんだこいつ。


ニンゲン風情が。バカなことはするな。


身の程をわきまえろよクズが。


お姉様がどうしてこの人間を特別扱いするのかはわからないけれど、私に言わせればこいつはゴミ。


どこからどう見ても小物。礼儀知らずのならず者。


ガキの分際で身の程知らずにもイキった態度で上から目線。


お姉様の命令がなければ三秒で殺していたと思う。


「少し強い力を使う。余波に充てられるかもしれないから離れていろ」


「あの。世界樹に傷がつくようなことがあっては困るのですが……」


「大丈夫だ。そんなことにはならないさ」


「はぁ。……了解しました」


何をしようというのだ少年。


変なアイテムとか使ったら転んだふりしてぶん殴ってやろう。


私は攻撃射程圏内ギリギリまで下がる。


そこで私はふと思いついた。


魔法のアイテムを使う?


――なるほど! 成金か!


きっとこいつは運で大金掴んで魔法のアイテムとかそろえまくった成金小僧なのだ。


お姉様は小僧の金を引っ張るために、我慢して色目を使ってるのではないか。


金の力は偉大。だとすれば納得できる。お姉様は耐えているのだ。元の力を取り戻すために金を集めて、魔法の品を買い集め過去の栄光に返り咲こうとしているに違いない。


そう理解出来たら私の踏ん切りも早い。


私もお姉様と同様に耐えよう。頑張ろう。お姉様の足を引っ張りたくない。


お姉様の為なら、私はどんな苦行にだって耐えて見せる。


死ぬほど嫌だけどちんちんぱっくんだってできる。


そう思った時だった。

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