マルギット ③-1-2
烏女らのところに戻ると全員綺麗に整列していた。
それを統制しているのはディオネ。どうやら彼女は女王としての権力をすっかり取り戻したらしい。
彼女が烏女らにどういう教育を行ったのかはあえて聞くまい。あの結果を見るに、多分どこかの軍曹が降臨したのではないかと思う。
「ここにいた烏女は全部で二十三名でした。他の生き残りは各地へ散ってしまっていたので、呼び戻しの魔術で帰還命令を出しています」
ここにいた烏女――つまりは23名はこの場所と運命を共にしたという事。
思っていたより人数が少ない――いやそれとも逆。幸運な23名という事か。はたまた不幸な23名といううべきか。
「彼女たちは細々と作物を生産し生きながらえていたようですが、長い時間の中で知識の伝承が途切れており希少な薬草類は壊滅しておりました。ご主人様の財を減らすような真似をしてしまい謝罪の言葉もございません」
ディオネは謝ってるが壊滅しているのは当たり前だ。むしろ何が残っているのかというところにこそ興味がある。が、そんなことは伝えない。説明もフォローも面倒この上ないからだ。
「いや責めてやるなディオネよ。食い繋ぐだけで精一杯の生活だったということだろう。今日までよく生活してきたとお前の同胞らの無事を喜ぼう」
「ありがたきお言葉。ご主人様の寛大なるお心に我等一同深く感謝申し上げます」
まぁ感謝されるいわれはないのだがあえて応じておく。これも主人としての務めだ。
――それにしてもこいつら。戦力にするにはレベルが低すぎるな。
騎士団の頭数として期待していたのだが論外な弱さ。外に出しても犬に噛みつかれて泣きながら帰ってくるのがおちだろう。とはいえ、弱いからと切り捨てることは出来ない。この流れでそれをやったら
――しかたが無い。全員掃除婦でもやってもらうか。森でテイムした動物のほうがまだ強そうだし…………あ。
と。そこで、俺は閃いた。
そうだテイムだ。と。
――テイムした動物を烏女に使わせて森を回らせればいいんじゃなかろうか?
烏女のレベルは低いが魔道具を使わせるならそんなの関係ない。烏女一人でテイム動物を百匹魔道具で指揮させれば、単純計算烏女二十人で二千の兵力を確保できる。これだけいればローテーションだって組めるし、森の掃除くらいなら十分できるだろう。
我ながら素晴らしい案だ。そうと決まればさっさと世界樹の件を片付けて森に生息しているであろう害獣どもを片っ端からテイムしに行かなければ。
「ディオネよ。俺はここの住人らに俺の元で働いてほしいと願っている。勿論それなりの恩給を支給するつもりだ」
「ご主人様、何をおっしゃられるのですか。我ら一同既にご主人様のため死兵となる覚悟を済ませております。恩給など必要ありません、どうぞ何なりと御命じください」
待って。死なせないで。
決死の覚悟とかいらない。そういうの強いらないであげて。ほら何人か目が死んでるじゃん。みんな顔色悪いじゃん。ダメだよブラック待遇とか。そんなの勇者のやることじゃない。
「うむ。だがそうは言うがなディオネよ。誰しも霞を食べて生きていくことはできまい。どうしたって慣れない環境に身を置くとなれば即物的な心配はあろう。私はお前の主人として、お前の部下にも安心を与えたいと思っている。私がお前を大事にするように、お前もまた部下を大事にしてやるがよい。それが俺の願いである」
「ご主人様……ありがとうございます。御心のままに」
俺はその場で烏女たちに安心して暮らせる環境を整えていくことを告げ約束する。それにより烏女たちの表情が少しほっとしたように緩んだのがわかった。
だよねだよね。ごめんね気が回らなくて。
これディオネに相当きつく締めあげられてるな。よい意味でも悪い意味でのディオネのカリスマがヤバイ。半端ない。元女王というのは伊達じゃないのだと感じた。
「さてディオネよ。皆が俺の元で働いてくれるようなので、俺はここと俺の領地とを結ぶ通勤路を整えたいと思う。さしあたってはこの神樹庭園と魔の森の回廊出入口を結ぶ転移門を構築しようと思うが、その魔力供給に世界樹を利用したい」
俺の言葉にざわつく烏女達。
ディオネも少し驚いて困り顔をする。
「待て慌てるな。世界樹が弱っているのは先ほどの視察で俺にもわかっている。だから世界樹が元の力を取り戻せるよう俺が調整しよう。ただ、あれはこの地の中心だろう? ここを覆う様々な魔術の要になっているのは想像に難くない、どうだ?」
「おっしゃる通りですご主人様。年老いた世界樹には、もうこの地を長く支えることはできません」
世界樹が持ち直すことはない。ここに住んでいた白い烏女含めて天空城は消え去る運命にある。それを覆せる者がいるとすれば、それは破滅を司る特異点・魔王と対を成す存在――勇者のみ。人の歴史でも変革はいつだって年寄りではなく若者が、勇者が行ってきた。
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