マルギット ③-1-3

「うむ。さもありなん。そこで、お前たちにはこの地の各種魔術機構の調律をやってほしい。俺が世界樹を調律して魔力の生産出力を全盛期の値に戻す。それに合わせて術式を組み直してくれ」


俺の発言に烏女達が大きくどよめく。


否定的な言葉がすごく聞こえたけど後ろを振り返ったディオネににらまれた瞬間烏女達は大きく痙攣してピシッと口を閉じた。


「畏まりましたご主人様。では私が全力で指揮に当たらせていただきます。その間はどうかこの者をお連れください。ご主人様に代わり雑事を行う奴隷、マルギットと申します」


え。雑事? 代わりの奴隷? 全然いらないですし。作業はすぐ終わるし。


と俺が困惑すると同時にディオネは烏女らに振り返り「マルギット」と一声上げた。


「マルギットと申します。どうぞ良しなに」


烏女らの中から出てきたのは確か弓を構えて発狂していたとりわけ白い烏女だ。


「ご主人様、この者は私が不在にしていた間ずっとこの地を監督していた神樹庭園の次席巫女です」


むぅ。そういう紹介をされると断りづらいな。なんか段取りが良すぎてヤバイ。ディオネの真面目さと責任感がひしひしと伝わってくる。リーダーになると人は変わると聞いたことがあるがコレがソレなのか。


付き人とか全く必要ないのだけれど、むしろコミュ力のない俺としては初対面の烏女の同行など邪魔ですらあるのだけれど。だがここでそれを断るというのはディオネの顔を潰すことに他ならない。すごく頑張っている部下の仕事に水を差すことになってしまう。


だのに俺はそれを断るのか? 断ってしまうのか? 断ってしまいますか? 本当に断りますか? 断れますか? まさか断ったりなんてしませんよね? 参考までにいうと予想を裏切っても期待を裏切らないのが今流行りの主人公です。その点をよく吟味されたうえでではお返事をお願いします。


――ぐぬぬ。ここは、我慢か。


断れない。


無下にできない。


俺の私的な都合で部下の成長の芽を摘んでしまうなどどうして出来ようか。できるはずがない(反語)。


「あ、あー、わかったディオネ。お前の提案を受け入れよう。マルギットも、よろしくな」


「マルギット、行きなさい。ご主人様のお役に立つように。もしもの時は死になさい」


「承知いたしましたわお姉さま」


マルギットが俺に対して深くお辞儀。


「…………」


お姉さまってなに。


実の家族ってことはないよね。


所謂そういう業界? そういう階級? ごきげんようなんとか様が見てる的な?


いやそもそもここにいる烏女達は俺の知っている烏女とは違う。背丈やシルエットは同じだが、みんな肌の色が白く翼も純白。世界樹住みだからか? 日陰で育ったアスパラみたいなもん? 天使と名乗られたらそうなのかもって思えてしまう外見をしてる。だから常識が根本的に違うのかもしれない。異文化コミュニケーション的な。


――もしかしたら、ディオネを完全回復させたら真っ白になっちゃったりするのだろうか。


それも天使ボスの最終形態みたく羽がわっさわさになって白いミノムシみたくなっちゃうのだろうか。もしそうだったらどうしよう。下手に完全回復させて熾天使みたいなナリになったら大変だ。あいつら羽が邪魔過ぎて普段普通に歩くことができないんだよ。だから常時浮遊してないといけないんだけど、浮遊したら浮遊したで権能の副次的効果のせいで周囲を発火させまくってしまうというまさに歩く松明。とても人間社会で暮らしていけるとは思えない。


――念のため今後はディオネに高位回復系魔術を使わないよう気をつけよう。


マルギットくらいで収まってくれるなら問題ないが、危ない賭けはすべきではない。いや、マルギットくらいでも並んで歩かれると多少圧迫感はあるな。こいつらの翼って体のわりにちょっと大きいわ。一緒に歩きたくないと思わせる程度には目障りだな。すげー目立つし。


「あの……私に何か?」


「いや、なんでもない。行くぞマルギット」


俺のネガティブな気持ちが伝わってしまったのだろうか。


口調は丁寧だけどすっげー冷たい目で見られた。


こいつってば「(お姉さまの命令だから従うけどアンタなんか嫌いなんだからねっ!)」て、目で訴えてくる。


こっちだってお前を連れて行くの嫌だっての。


ちょっとムカついた。

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