マルギット ③-2-1
ヒミコと打ち合わせをすること十五分。
世界樹の再生。力の奔流で殻が弾ける前に黒点による出力と虹芯挿管。祭壇無しでも
「ヒミコ! 忘れるなよ。ピットしたらパッとしてちょっとしてからズモモどきゅーんだぞ」
「きゃはははは! わかったのだ!」
彼女が世界樹に上っていく様はまさにゲームのBADENDを思わせた。だがマルギットは直立不動。世界樹を心配してピーピー騒ぐマルギットにヒミコが威圧をかけてからというもの、彼女はずっとそんな感じだ。
蜘蛛の天敵は鳥だというけれど、鳥の天敵も蜘蛛なのかもしれない、その大きさが逆転したのなら。糸に絡めとられたら落下するしかないもんな。
「さて、始めるか」
「この後は何をなさるのですか? できれば事前に教えていただけると助かります」
俺がボソッと呟いて伸びをした途端再起動したらしいマルギット。淡々とした口調で事務的に尋ねてきた。ヒミコが視界にあるうちはずっと固まっていたくせに見えなくなったらこれだ。
「世界樹を活性化させようと思っている。そろそろディオネたちの準備も出来ただろう」
「……はぁ」
こいつは何を言っているんだ、という表情で冷たい視線を送ってくるマルギット。
この女はディオネが見えなくなるやいなやすぐ態度をガラリと変えたなかなかに面白い烏女だ。塩対応が地味に心地いい。こういう態度をされるのは久しぶり。勇者として駆け出しだった頃を思い出す。
まぁ出会い方が最悪だったし俺とは直接奴隷契約もしていないしでこんな態度をとってしまうのは仕方のないことだと思う。それでなくとも烏女という種族は自分たちが神に選ばれた誇り高き種族だという自負の強い種族なのだ。人間を下に見るなんてデフォだし人間に敬意を払うなんてやりたく無くてしかたが無い事だろう。それでなくとも信頼関係なんて人間同士ですら一日二日じゃ築けないものなのだ。なのでこれはしかたない。うん。これは仕方がないことなのだよ。
「少し強い力を使う。余波に充てられるかもしれないから離れていろ」
「あの。世界樹に傷がつくようなことがあっては困るのですが……」
遠回しにヒミコの事をいっているのだろう。本人にではなく敢えて今頃、弱そうな俺に文句を垂れるその心意気。嫌いではない。でも彼女こそがこの計画の肝なのだ。説明する時間が惜しいのでここは受け流すが、もしかすると俺ってばあとでディオネにチクるかもしれない。そんな予感がする。
「大丈夫だ。そんなことにはならないさ」
「はぁ。……了解しました」
ディオネが見ていたらタックルしていただろう無粋な態度を隠すことなく、数歩離れるマルギット。
もう少し離れないと吹っ飛ぶかもしれんが、まぁいいだろう。死にはすまい。警告はした。
俺は世界樹に右手を当てて、魔法を行使する。
〈―― 全状態回復・S ――〉
俺の右手が初め青く光り、すぐに全身がまばゆい青い光を発し始める。
力の行使に合わせて周辺の空気が淀み、膨張。
世界樹を中心として徐々に風が渦を巻き始めた。
「なッ!? なななななッ!?」
後ろで騒いでいるマルギット。だが振り返って確かめる余裕はない。
聖粒輝による調律が始まる。
世界樹の周りだけ空間がうねる。
世界樹を中心に渦巻く衝撃波が周りの土砂や落ち葉を拾い、竜巻を視覚化する。
目を覚ました世界樹が、注ぎ込まれる力に反応して緑色に発光し始めた。
全ての枝に葉の蕾が生まれ、それらは瞬く間に伸びて、次々と開いていく。
開かれた産まれたばかりの葉からは、火の粉のような光が吐き出されていた。
それらは世界樹の周りにうごめく見えない力によって周囲へと舞い散り、ある程度の距離を飛ぶと色褪せて消えゆく。
木の幹全体を彩る緑色に揺らめく光はおびただしい粒子の奔流となって上へ上へと昇っていく。
舞い上がるそれらは拡散し、まるで天の星屑のように空を広く覆い飾った。
「こんなものだな。ではいくぞ、マルギット」
やがて風の渦は収まり、世界樹の回りは静寂を取り戻す。
周囲にはまだ葉から空へと放出された聖粒輝がゆっくりと舞い落ちていた。
俺はそれらを無視して歩き出す。だが数歩移動して、ついてくる気配のないマルギットに気が付いて足を止める。
振り向くと、彼女が地に伏したまま固まっているのが見えた。
呼びかけたのだが聞こえなかったのだろうか。彼女はあんぐり口を開いて呆然としていた。
「大丈夫か? 歩けるか?」
俺の呼びかけに目を大きく開けたまま、大げさに何度もうなずくマルギット。
しかし立ち上がれない。
吹き飛ばされた時どこか打ったのだろうか。
だから離れろと言ったのだけどな。腰とか打ってないか?
俺に腕を抱えられてなんとか立ち上がる頼りない天使のような烏女。
歩けるのか。
歩けるな。大丈夫なようだ。
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