天空の城 ②-3-2

上も下もない三百六十度の夜空。道なき道――マズルカ回廊。


世界のバックドアから侵入する棘状並行隣接二次元世界。通称・虚数の海。マズルカ(三拍子)による波動飽和結界にて移動する。


迷子にならないようディオネの手を取ると、彼女はもう片方の手を俺の手に添えてきた。まるで子供の手だな。などと思っていたら恋人繋ぎに変更してくる女ディオネ。そこはかとなくオンナであることをアピールしてくる似非幼女。お前は幼稚園でもそんな手のつなぎ方をしていたの? いやいや、この女は成人だったな。見た目に騙されてはいけない。


「案ずるなディオネ。血の祭壇がある限り我々が次元の彼方に堕ちることはない。目的地もそう遠くはないしな」


そうはいっても不安なのだろう。その顔に笑顔はない。というか、妙な表情をしているな。不安? 疑問? 気持ち眉をひそめているのは何か聞きたくても聞けない感情の表れなのか。


「どうした? 疑問があるのなら言ってみるがいい」


「はい。ではあの……その、秘術の事なのですが」


ディオネの視線の先には血の球があった。


「ご主人様の魔術は、どこで習得なされたのかと」


「〈―― 血の祭壇アルキメ・デス ――〉の事か? あれは昔倒した吸血鬼モドキから奪ったスキルだ。魔力を集めるのに使っていたので試してみた。初めて使ったがうまくいったな」


――結果が想定外だったがな!


「はぁ。あの、その吸血鬼モドキというのはもしかして、始祖ジュラの事でしょうか」


「ジュラ……そんな名前だったか。最初は無視してたんだが、魔王の支援をしだしたみたいだったので倒した」


「……不老不死の存在と聞いていたのですが」


「本人もそんなことを言っていたがどうなのだろうな。塵にしたら復活しなくなったから死んだんじゃないのか?」


あいつ不老不死だったのか。五体をバラバラにしても砂になって、そこから自分の身体を復元するからめんどくさい奴だなとは思ってたんだ。


あんまりうっとおしいから対魔王用大儀式魔術〈―― 積層型原子核破壊方陣ゲナ・ヴィルバル ――〉で砂粒より細かい塵にして片づけたんだけど、不老不死ならあれで倒せたかはわからないな。もしかしたらどこかで生きているかもしれない。


「まぁ、俺の前に立ちはだかるならまた倒すだけのことだ。奴が今どうしていようとどうでもよい」


「さすがはご主人様です」


心なしかディオネの指に挟まれた指が締められた。


そして汗ばんできた。


ちょっと手を放してもらってもいいですかね、気持ち悪いんで。いや駄目か。次元回廊で迷子になられると面倒くさいことになる。我慢するほうがマシか。


「どうした? 顔色が良くないな。やはりその身に遠出は少々きつかったか?」


「いえ、大丈夫です。御心配には及びません」


「そうはいうがな、この先結構歩くことになるぞ。肉体的にも魔力的にも負担ゼロとはいくまい。私も配慮が足りなかったようだ。少し待て。乗り物を用意する」


俺は両手で九字印を結びノンヴァーバル入力で足元に十メートル四方の八芒星を描く。それを前方へ五メートルほど移動させその場で九十度回転。目の前に立つ八芒星の壁に向かって呪文キーワード唱えキャストする。


《 『ハローCQ。ハローCQ。こちらブレイヴ。ブラボーロメオアルファヴィクターエコーbrave。マズルカ回廊アトリウムロランシア地方エランシア王国。回廊侵食者クロイスター・ヴェル応答願います――』 》


「っ?! 〈秘跡の門ミュステリオンヴラタ〉の転用ッ?!」


眼を見開き大口を開けて驚くディオネ。


まぁ無理もない。一般的に使われている召喚魔術にしてはかなり大掛かりで風変わりな術式だ。少し魔術を齧ったことのある輩ならこの儀式魔術は驚きの光景だろう。



〈―― 八芒星召喚陣オクタ・ベツレヘム ――〉


術が完成し、指定した対象が光の五芒星から現れる。

五芒星の枠から幾重にも黄金の波紋を広げつつその場に出てきたのは、全高全長三メートル、平屋建ての小屋くらいの大きさの蜘蛛であった。


「あぁ! アタルー! 久しぶりなのだ~!」


上から響く蜘蛛の外観に見合わないアホ丸出しな幼女ボイス。


「しばらくだったなヒミコ。悪いが乗せてってくれないか?」


「ここ虚無海? いいおー! 三拍子ひさしぶり~キャハハハハ!」


笑い声と共に巨大な蜘蛛の足がぬぅっと差し出される。


「ご主人様! あ、あれは、回廊侵食者クロイスター・ヴェル――!」


「心配ない。さぁ抱き上げるぞ、楽にせよ」


俺は恐怖で顔を引きつらせているディオネを抱え上げお姫様抱っこ。身体が小刻みに震えており、もしかすると恐怖で腰が抜けた状態なのかもしれない。


蜘蛛の足の毛に引っ掛けられ俺たちは蜘蛛の頭に載せられる。


やわらかい毛がびっしりと生えた蜘蛛の頭の中心部には、上半身裸の幼女がこちらに向かって全力で手を振っている姿があった。


半人半虫。ケンタウロスや人魚の類。しかしいかんせん割合バランスが違いすぎる。まるで戦車から上半身を出している幼女のよう。その光景は【これが本当のアンツィオ戦です】さながらである。


「あの、ご主人様。もしかするとこの方は、ご主人様の知己の方なのですか?」


「あぁ、こいつは倭国の元女王ヒミコ内親王だ。かつて俺が魔王討伐の旅をしていたころに身の回りの世話をさせていた。出会った頃はならず者ハングレの女棟梁をしていてな。悪即斬の仕置きをして以降、小間使ハンドメイドとして勇者御一行に従軍してくれていたんだ。ヒミコ、しばらく見ない間に随分と様変わりしたようだな?」


「うん! アチキもれでぃ~にそだったのだ! キャハハハハ」


「そうかそうか、それはなによりだ。あぁそうだヒミコ。コイツは俺の部下のディオネだ。宜しくしてやってくれ」


「キャハハハハ! うん、わかったのだ! 鳥さん、アチキはヒミコ! よろしくなのだ!」


「え、あ、……はぃ。ディオネと申します。よ、よろしくお願いします。ご主人様の一番奴隷を務めさせていただいております」


深緑髪緑瞳黄白色人種系半人半蜘蛛と暗褐色肌の黒髪黒瞳(状態によってなんか色が変わる)元天使らしい烏女が頭を下げ合う。ちなみにディオネは最後らへんで何かが吹っ切れたのか挨拶にそこはかとない圧を加えていたように見えたが気のせいだろう。ヒミコには全く通じていなかったし。


「よし。では挨拶も済んだことだし移動するぞ。ここでは立ってるだけでもMPが減り続けるからな。ヒミコ、俺が飽和結界を担当するからお前は出来た道を進んでくれ」


「わかったのだ!」

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