天空の城 ②-1-3
「おおダール、暫くだな。息災であったか?」
「ええキルヒギール卿。本日はご足労頂きありがとうございます」
四十代の恰幅の良い男が挨拶もそこそこに寄ってくる。
あ、握手かなっと思って俺が手を出そうとする――前に、彼は手に持っていたスクロールをその場で広げて、俺に向かい掲げてみせた。
いきなり出されたスクロール。
俺の目が最初にとらえたのは下段に押された王家の印。
瞬間、俺はそれが厄介事の種だと理解してしまった。
「それまさか……指令書か? こんなに急に?」
「ええ。王より討伐令が出ております」
「……とうばつれい?」
伯爵を受けた瞬間より、貴族となった俺には王命に従わなければならないという義務が課せられている。だがこんなに早く命令が下るとは思っていなかった。
現実逃避したい気持ちを抑えて、俺は目の前に広げられたダールの持つスクロールを読む。
下された命の題目は治安維持活動。
魔の森の制圧とそこに住む魔物の討伐。
「屋敷の清掃すら済んでいないというのにもう働かせる気か?」
OJTとは名ばかりでただ戦場に新人を放り込むだけのブラック企業さながらの所業に俺の怒りがこみ上げる。
「元々そのためにあてがわれた領地です。急なのは貴族たちの突き上げが強いのでしょう」
それに対し勇者御一行様の一人である商人は涼しい顔で返答した。
いやそれはわかってたけどさ、って脳内で愚痴る俺の顔は渋面なのに。
「我が領地は危険を避けるための緩衝地帯だろ。王国の端っこ。ど田舎。かっこよく言うと辺境。ゆえに自領民はゼロだ。ここまで性急な治安維持活動実施の必要性を認めないのだが?」
「王国の勢力圏内に治安の悪い場所があるというのが問題視されているようです」
「だとしてもこの広い範囲を巡回警備するとか無理だろ。俺は一人なんだぞ」
「ならば騎士団を設立なさってはいかがでしょう」
「その時間を与えない内容ではないか。一週間以内に魔物千体を討伐しろとか頭おかしいこと書いてるんだけど一人じゃ無理だってわかるよねお前にも」
「お一人では無理でも軍ならば可能な数です」
「どうやって今から人を集めるんだよ、俺には無理だぞお前やってくれ、スタッフ仕切るの得意じゃん?」
「お断りいたします。武の統括については門外漢でございます」
「お前……」
忙しいのに何でもかんでもやらせんなよと遠回しで言われて俺は絶句した。
そういえばダールという男は自分の利益にならないことをやらない主義だった。騎士団の維持は金も工数もかかる。割に合わないコストセンターの運営などまっぴらごめんという事なのだろう。
でもそれじゃ困るんだよ。このままじゃ俺の立場が揺らぐじゃんか。伯爵なんて地位はどうでもいいけど仕事できなくて降ろされた人って風評で後ろ指指される人生なんてまっぴらごめん之介だ。
「なぁダール、金なら――」
「ではまたのご来店をお待ちしております」
俺の言葉をぴしゃりと遮るとダールは回れ右して足早に去っていく。
あ、これ絶対仕事受けない時にやる態度だ。そんなことも出来ない人とは縁を切りますねってパターン。こうなったらもうあの男は何を言っても動かない。頑固一徹のくそ爺化。
俺は憮然とした態度で偉そうな演技をしつつ、内心でしょんぼりしたままとりあえず帰宅することにした。
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