ディオネ ①-1-2
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転移後まっすぐ向かったのは奴隷商館だ。
「これはこれはキルヒギール卿、奴隷の準備でしたらまだ――」
「準備はいい。手続きが必要ならダールの店へ行ってくれ」
俺はそれだけ言うと金貨の入った小袋を従業員に渡す。
金を持った従業員が奥に引っ込んでからしばらく。女性従業員に支えられ奴隷の烏女が連れてこられた。どうやら自力での歩行すらままならないようだ。
そうか。しまったな、歩けるか否かの確認を怠った。悪い思い込みだ。これはこちらの落ち度だろう。時間外に来ただけでもアレな感じで思われているだろうにここで下手に「歩けないのか」なんて言ったら絶対相手にイチャモンをつけられたと思われるではないか。やばいやばいそんなことになったら俺の格が下がってしまう俺のメンツが失墜してしまうそれだけは回避したい。そう思って俺はグッと言葉を飲み込む。
そして女性従業員から烏女を受け取りそのまま間髪入れず抱え上げた。
「確かに受け取った」
無駄口はいらん。ここは即撤収あるのみ。何かよくわからない間になんかよくわからない消え方をして従業員たちの考えを色々とうやむやにしてしまいたい。相手に考える隙を与えてはならない。
俺は奴隷をお姫様抱っこよろしく抱え上げたまま最速で術式起動。
〈―― 転移 ――〉
一瞬の視界暗転後、景色が変わる。
気温が変わる。
湿度が変わる。
予め設定しておいた転移場所は館より少し離れた森の境界。平らな地に掘られた印章の真上だ。
俺は左腕に烏女を抱えたまま右手を
〈―― 要塞作成 ――〉
起動命令と同時にマジックキューブが落ちた辺りで風が巻き上がったかと思うと、それは一気に巨大化し暮れかけた赤い空へと大量の土砂を巻き上げた。
「っ?!」
烏女が息を呑む。身体がビクッっと一度震えたのを感じたが、俺はあえてそれを無視した。
やがて砂塵の竜巻の中に黒い塊が見え隠れするようになり、天高く巻き上がった竜巻自体も徐々にその勢いを失い、消失する。
そこに残ったのは巨大な四角い構造物だ。
俺はまっすぐ歩いてその二十メートル四方の構造物に近づく。と、構造物の壁の一部分が左右に割れてスライドし、中の光景が見えた。
そこにあるのはかつて存在していたという異世界の宿、パレステンボスの玄関だ。
急に明るくなった雰囲気を感じたのか、抱えていた烏女がかすれた声を発する。
「何を驚く。お前の驚くべき事は、まだ始まってすらいないのだぞ(そう、君には屋敷清掃というお仕事が待っているのだよ。ふふふふ。)」
声をかけて、中へと進む。
「(あー。でもその前に、コイツから綺麗にしないと駄目だな)」
今から仕事をさせるとなると深夜労働になる。初日からそれは流石に酷というものだ。となるとベッドを与えなければならず、今のバッチい体で寝られたらベッドが駄目になってしまう。まずはこの烏女を綺麗にしないといけない。
そんな些細な気付きが俺の論理的思考の呼び水となり、ピタゴラスイッチ絡繰りの如く一斉にやらなければならないリストが脳裏に浮かべられていく。
急げ急げ、と、俺は一階の奥にある風呂場へ直行。
脱衣所で烏女を降ろす。
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