奴隷邂逅―プロローグIII

ダールの紹介状を持って向かったのは王国屈指の大手奴隷商会だ。


「あんまり有能なのはいらないぞ。俺の小間使に有能な人間を従事させるのは社会の損失だからな」


ダールの事だ。奴は俺が何の注文もしなければ選りすぐりのオーバースペックな人材を用意するに違いない。だがそんなのは駄目だ。俺のわがままに将来ある有望な人間をつき合わせるわけにはいかない。


俺が欲しいのはお先真っ暗な、もう一人では生きていけないだろうくらいの欠点特化型人材。そういう要望を迂遠にあれこれ胡麻化しながらも頑張って伝えたところ、ダールはここで奴隷を買えと推薦してくれた。


きっといい買い物ができるはず。俺は淡い希望を胸に商会の扉を開く。


「奴隷を買いたい。これが紹介状だ」


店の丁稚に紹介状を渡し店主が来るのを待つ。


まさか勇者たるこの俺が奴隷を買う日がやってこようとは。わくわくしすぎてテカテカしてきた。


「今日はどういったモノをお探しで?」


しばらくし、商人がやってきた。


俺は舐められないよう精一杯の虚勢を張って、ちょっと横柄に見えるだろう感じな態度で迎える。


「紹介状に書かれていなかったか?」


「書かれておりましたとも。これは形式的なご挨拶でございます。ささ、こちらへ」


商人は満面の笑みで俺を奥へといざなう。


奴隷商会の店内。一体どんな世界なのか。


俺は意気揚々と踏み込んで、その世界のあまりのありように思わず息を呑まされた。


ショーケース内に展示されている女性奴隷。


檻に入れられ全裸で後ろ手に縛られている女たち。


その体には首輪だけでなく、手錠や手枷、脚枷が付けられている。


まぁそうだろう。そこまでは想像通りだ。けれども。


――なぜ……盛っている??


その場の商品らは、一人の例外なく喜びの興奮状態にあった。奴隷というくらいだから嫌そうにしているのかと思ったらとんでもない。どう控えめに見ても、衆人の前で値踏みされる事に快感を覚えている様に見える。


そしてそれはここにいる客らも然り。どうやらここには、この状況を楽しむ輩たちしかいないらしい。


――こんな世界があるとは……。


股間には貞操帯。檻にはシチュエーション(犯罪奴隷、借金奴隷など)プレート。奴隷というから後ろめたい取引が行われているのだと思い込んでいたが、たぶんこれは、社会的成功者たちとその真逆な者達との間でなされる娯楽遊戯なのだろう。そう形容するのがしっくりくる。


「いかがです? よいものでしょう?」


奴隷商が声をかけてきた。


「そうだな」


「買い手は奴隷のしぐさなどを楽しみますので、壊さない程度に手入れをしてございます。羞恥心が強い奴隷のほうが人気があるのですよ」


「ほう」


俺の短い答えに奴隷商が目を細める。


「失礼ですが、旦那様は奴隷を飼われたご経験は?」


「ないな」


「さようですか。でしたら一言だけ、奴隷を扱う際のコツを申し上げても?」


「聞こう」


俺がそう返すと、奴隷商人はまた満面の笑みを浮かべ、言う。


「奴隷に慈悲をかけ過ぎてはなりません」


「……どういうことかな?」


「奴隷とは、家畜同然に扱われる屈辱に快感を覚える生き物です。ですので、その辺りを配慮してやることこそ、真のご主人様といえましょう」


目を細め遠くを見やり、にやにやとする奴隷商。


そんな彼を一瞥し、俺は並べられた奴隷たちを流し見ながら考える。


――優しくしては駄目、という事か。


「物言う道具とは言え、奴隷もいきものでございます。特に今回は、家内用にご使用なさるとの事でしたので、メスをご用意させていただきました」


その言葉は俺を妙に納得させた。そういえば家の掃除をするのはメイドだ。執事が部屋の掃除をするという話は聞いたことがなかったし、たまたまかも知れないがしているとこを見たこともなかった。女でなければならないという決まりはないけれど、女の方が仕事を任せれらるというか、信頼感がある。むろん根拠はなく、故にそれもただの思い込みに過ぎないのだろうが。


「そうか。色々気を使ってくれたようだな。礼を言おう。確かに私は奴隷について無知だ。奴隷の主人として経験のない私への貴重な助言、しかとこの胸に止めておく。他にもあれば聞かせてもらいたいものだ」


「私などが貴族様にご指南させていただくなど恐れ多いことでございます。が、ではひとつだけ。――オスはナニで物事を考え、メスはナニで物事を感じ入るというのはこの業界の常識でございますれば、ゆめゆめお忘れなきよう」


「なるほど? ……覚えておこう」


ナニが何? 考える? 感じる? ……うん。ナゾナゾかな? 意味がさっぱりだ。


そうこうしているうちに目的の場所に通された俺は、室内に陳列されている商品を見つけ、不覚にもまた息を呑まされた。


だってそこに並んでいたのは、目隠しをしたまま自慰にふける十代のメス奴隷らであったのだもの。


「おや? お気に召されましたかな」


「…………」


違うんだ店主。


待ってくれ店主。


誤解なんだよ店主。


俺は何もエロイことがしたくて奴隷を求めたわけじゃない。いや店主の言いたいことはわかる。この期に及んで何をってことだろ? それはそうだ、もっともだ。しかし話し合おう。こういうのじゃないんだよ俺が求めている奴隷は。俺はロードエルエロイ二世じゃない。なんてドキドキしていると。


「今回のご指定の品物はこれらではないのですが、もしお気に召したのならば追加で――」


「いや! 追加は結構! 今回は結構!」


「……かしこまりました。ではこちらへ」


思わず食い気味な返事をしてしまった。しかも声が裏返りぎみだったかもしれない。が、努めてポーカーフェイス。俺は勇者。俺は貴族。こんなこと程度で心は揺らがない。全然何でもない。そんな雰囲気を醸し出す。俺の脳内では。


店主も察したのか、無言で歩き始めた。が、それがなんかちょっと悔しい。くっそくっそ。


店主はどんどんエロ奴隷の収まっている檻の群れを通り過ぎ、やがて裏口と思われる従業員以外立ち入り禁止の札がかかっている通路の奥へと入っていく。


「こちらでございます」


突き当りにあった小部屋の扉を開けて俺を中に招き入れた店主は、にこやかな笑みを浮かべてその檻を指し示した。


檻の中に入っていたのは、肌の黒い子供だ。


なんだと? まさか、俺の変態具合を試しているのか? 俺をロリコンではないかと疑って……?


「……店主。子供の奴隷は――」

「お待ちを。あれは子供ではなく立派な成人です。正確な年齢は存じませんが、少なくとも私よりははるかに年上でございます」


「成人? ……亜人か」


店主曰く。その黒いガキは烏女からすめと呼ばれる種族らしい。


見た感じ背は一メートル強。烏女はヒト科鳥人に分類される亜人で、個体性質上身長は一メートル程度のものが多いとの事。目の前にいるそれは平均より大きめの個体であるそうだ。


――ふうむ。


俺はまじまじとそれを見る。


奴隷だからか、随分と汚らしい格好をしている。


服は血なのか泥なのかわからない汚れがいくつもついている。見た目で特に目を引くのは顔にある痛々しい傷だ。右目を縦に割く傷跡は深く、右の瞳だけ色が灰色に変色していた。


「魔爪痕か。これでは右半身をろくに動かせまい。あれは神経を蝕むからな」


「お察しの通りでございます。他にも背に傷がございます」


本来烏女からすめが持っているはずの翼がその背にないのは引きちぎられているからだそうで、背の傷は塞がってはいるものの、この烏女からすめは二度と飛ぶことができない傷物個体であると店主は説明した。


「ですがアレをするには差し支えございません。亜人は人と交配しても孕みませんのでご安心ください。膜付きですが、ご要望とあらば調教後お渡しすることも可能でございます」


「っ……」


まるで魚屋で魚を買って「三枚おろしにしておきやすかい?」というサービス宜しくな気安さで告げてくる店主。


お前ってなんなの人でなしなの? と、奴隷商の接客文化にいささかの疑問を挟まなくはないが、さてここはどうこたえるのが正解なのであろうか。


――これが奴隷商、闇の商売というわけか。


今俺は、奴隷を買いたいとか抜かした自分の世間知らずさを悔いている。


怖い。


帰りたい。


思ってたのと違う。


なんというか、満身創痍の子猫を見ている気分。正直日和っている。それは認めよう。でも逃げられない。何故なら俺は元勇者。現貴族。ここでなめられてはいらぬトラブルに巻き込まれかねない。それだけは避けたい。何せ俺はハードボイルドで通してきた身。奴隷の悲惨な境遇に関わることをビビり及び腰になった末結局芋を引いて逃げ出した、などというヘタレ話が巷に流れでもしたらしばらくはお布団から出られなくなってしまうのは目に見えている。


魔王を倒した勇者としてここで引くことは許されない。貴族として豪胆なノブレスオブリージュを見せつけなければ。


「ふむ。未通女か。伽に使うには少々手間がかかるな。しかし、それはそれで趣があるというものか」


足元を見られぬよう俺は精いっぱい黒い感じをだしてみた。全然何でもないし。全然気にしないし。俺は童貞ちゃうし! 的なセルフマインドコントロール。


そもそもやってもらいたいのは身の回りの世話であり具体的に言うならお掃除とかお洗濯とかお片付けとかそういう雑事である。後ろめたいことは何一つない。まったくいかがわしい想いなどない。まぁしいて言えばというか願わくばというかたまーに寝る時に手を繋いでくれさえしたら本当にもうそれ以上言うことはないくらいな些細でささやかな望みしか持っていないのだ。まさか奴隷商という職業がここまでアウトレイジでアンタッチャブルな業界だったとは知らなかったがそれは俺を敗走させうるほどの要素ではない。


俺は背伸びをした。これはもう半ばジャンプしてるといっていい勢いでポーカーフェイスをキメまくった。


「お気に召していただけたようで何よりでございます」


「うむ。それで、いくらだ」


ここで見くびられるのは勇者の沽券にかかわる。ボロを出す可能性を低く抑えるため俺は最低限の言葉で返す。


ここに至ってはもう高いとか安いとかそんなこといってらんない。交渉とかどうでもいい。さっさと会計して帰りたい。


「金貨十枚を申し受けます」


「ほう。少々値が張るようだな」


なんだけど、流石にその金額にはびっくりして思わずいらんことを言ってしまった。


金貨十枚は大陸共通通貨でいう一千万ガバス。串焼きなら十余万本購入できる額である。


――どうやら足元を見られたようだ。


俺は烏女からすめのステータス情報をチェックした。


「ははは。これでも精一杯勉強させていただきました」


「片目は失明、弱視、声帯は焼け背中の翼は消失、肺の病を患い来月は生きておらぬであろう個体がか?」


「なるほど〈看破〉の権能でございますか。流石は勇者様でございますな。しかしその値段には理由があるのでございます。完全な状態ですと金貨百枚は下らない商品ですので」


「…………」


生命個体情報を読み取る権能では相手の持つ特殊な技能や権能までは把握できない。もしもこの烏女からすめがそれを持っているとするなら値段が跳ね上がるのも当然といえるが。


「ふむ。どのような付加価値があるのか聞かせてもらっても?」


「お買い上げいただけるのでしたら」


「ふ……買おう」


俺は精一杯ニヒルな笑みを浮かべる。


だって商人の野郎、挑むようなほほえみ浮かべて上目遣いで聞いてきやがったんだよ。


舐めるんじゃない。金貨十枚なんて今の俺にとっては大した額じゃない。奴隷の相場を知らなかったのでちょっと驚いたけど、ここでまごついてカッコ悪い姿晒すくらいなら即金で払うね。それはもう余裕ぶって大物ぶって大仰に払いますよ。金に糸目をつけないでぶん投げるほどかっこいいことはない。くそが。この商人多分心の〈急所感知〉スキルみたいなの持ってるんじゃないかな。なんかしてやられた感じがして腹立つ。


そんなこんなで俺はようやく、無事に奴隷を一つゲットしたのであった。

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