勇者の挑戦―プロローグII

叙勲されると爵位にふさわしい領地があてがわれる。


この国の貴族ってもれなくお役人様だから、俺もこの度の叙勲でパンピーから晴れて公務員となるわけです。派遣社員が正社員に昇格したって感じ。


とはいえ、自分で食い扶持稼げる身としては公務員なんぞにありがたみは感じない。恩給とか俺の懐事情から言えば雀の涙だし。


でも大事なのはそこじゃない。


俺は気が付いた。あれ、俺って魔王倒して勇者じゃなくなったら元の平民に戻される予定だったのかなって。叙勲が決まるまで塩対応だった下級貴族が叙勲決定を知った途端手のひらを返してすり寄ってきたのを見て初めて。


なるほどと思ったね。俺は戦いボケしてた。そういえば世の中って身分のない人間にとっては最低ハードモードスタートだったなって思いだしたのよ今更ながらに。


そうだよ。この世界の裁判ってば身分で判決が変わっちゃうんだったよ。証言の信用度もダンチだし。ほんとダメな世界だわ。


だから元勇者的には貴族身分取得が実はトッププライオリティでした。断らなくて正解、ナイス判断過去の俺。小賢しく無くて助かりましたカッコつけてそれも断ってたら大変だったねグッジョブグッジョブ。


旅をするにも必須です爵位。気ままな諸国漫遊の旅には信用が不可欠だと異世界知識にもありました。確かパスポートとかいう最強通行手形がブイブイ言わせてた。


上級国民への仲間入りを選択した俺。古参貴族どもには成り上がりとか陰口叩かれること必至だろうけれども、それでも他国で一国の貴族として特権階級扱いされるメリットは破格の価値。有象無象の囀りなど無いも同然のデメリットです。やったぜ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「この度拝領した領地は辺境のここ、キルヒギール領です。ですから今日からは勇

者ではなく、キルヒギール卿と呼ばれることになります」


「なぁダール、俺、旅に出たいと思ってたんだよ」


俺は目の前にいる恰幅のいい中年、商人のダールに面倒ごとのすべてを押し付けることとした。ちなみにこいつは勇者パーティの一人で一緒に長いこと冒険をしてきた仲間である。


「キルヒギール卿におかれましては、任地赴任後すぐに領地に隣接しているこのあたりの地の開拓と、魔獣や外敵の討伐を行い、領地を守護するという貴族の義務を遂行していただくよう王命が下されております」


「なぁ聞いてる? 旅をしたいんだ。自由気ままに。お供とかを連れて。ハードボイルドな俺としては時たまニヒルな笑みなんかを浮かべちゃったりするような未来への一歩、てきな」


「キルヒギール領行きの馬車の準備はできています。明日出発してください」


「無視すんなよこら」


「無視などしていませんが? 旅をされたいなら荷物と一緒にのんびり移動すればよろしいでしょう。説明しなければ理解できませんか?」


「それって旅なのかな。それに俺今、自由気まま、って言ったじゃん。お前のソレ、全然自由がないじゃん。行先決まってんじゃん。ただの出勤じゃん。お前こそ説明しなきゃ理解できないのかって」


「貴族の位を受けた人間がまさかその義務を初日に放り出すなんてことはありえませんので、キルヒギール卿が妄言に等しい冗談を言っているだろうこの状況については理解しております。ソレ以外に何かございましたでしょうか?」


「お前ってさ、ほんっといつもいつもマイペースだよな。そんなカッチカチでこの先どうすんの? もう魔王はいないし楽に生きてもいいんだよ?」


「私の生き方が固かろうが柔らかろうがそんなことはどうでもよろしい。キルヒギール卿はいささか自分に対して柔らかすぎますな。魔王が滅んだとはいえそれで世界が平和になるわけではありますまい。我々は新しいスタート地点に立ったに過ぎないのです」


「む……まぁ、それはあれだ……だから新しい取り組みに向けて旅は必要だということだよ。そのー、なんだ……世の中には柔軟さが必要で、それが大事だということを俺は言っているわけだな。やわやわなくらいがいいぞって」


「さようですか。それは実に興味深いご意見ですな。自称ハードボイルドは見識が豊かでいらっしゃる」


「…………」


この野郎。俺のことを馬鹿にしやがって。こいつはさぁ、一事が万事こうなんだもんな。思い返してみればこいつとの旅はマジで苦痛だったよ。パーティから何度追放しようと思ったか知れない。


でも物資手配とか新拠点での根廻とかすっげーうまいから切るに切れなかったんだ。今だってなんだかんだで俺には意味の分からない貴族の準備だの根廻だのしてくれてるし。こいつを追放したら、いやいや、手放したら俺間違いなく落ちぶれていくヒール役になる予感しかしない。大逆転ぎゃふんざまぁ物語が始まってしまうに違いないと俺の感が言っている。


しょうがない。話題を変えよう。こいつと言葉でやりあって勝てるわけがない。勝てた試しもない。


他の勇者は知らないが、成功を収めた勇者俺は必要な時にはケツをまくって逃げ出せる現実重視志向なのだ。たとえ普段負けまくってもここぞという時だけ勝てばいいんだよ。そういうわけだからお前の無礼は今は見逃しておいてやろう。


「あー、そういえば、新しい仕事をするには新しい従者がいるなぁ。貴族の務めは大変だからなぁ」


魔王討伐の旅にはダールの他に二人の従者がいた。料理人シェフ小間使ハンドメイドだ。


でも旅が終わった時点で料理人シェフ小間使ハンドメイドとはさよならした。商人ダールは事後処理に必要だったけど、料理人シェフ小間使ハンドメイドには専属させ続ける意味がなかったからだ。


魔王を討伐した今、二人には俺に力を貸す理由もなければ必要もなく、俺としても二人を縛り続けるのには気が引けた。彼らはとても優秀だ。前途有望な若者二人を俺のような暴力しか能のない人間に縛り付けその将来を捧げさせるなど世界の損失。根性の腐っている中年のダールならいざ知らず、俺の介護を二人に続けさせるほど俺は恥知らずではない。


「あの二人を呼び戻しますか?」


「それはダメだ。あの二人にはあの二人の人生がある。お前は俺に迷惑をかけているし俺はお前に対価を支払っている。今後は俺があいつらを支援することはあってもその逆は無い」


「なるほど。それならばうちの従業員を側仕えにつけましょう」


「やだよ。それって監視じゃん。お前の関係者は否だ俺に紐をつけるな。俺は気兼ねない生活がしたいんだよ。だから王国の関係者もだめだぞ。そういうスパイ的な奴じゃなくて、俺がどんなわがままを言っても迷惑にならないような奴を共にしたい。そうだな、例えば……奴隷とか」


「……奴隷?」


ダールの目がすぅっと細められる。


うぉっ、いかん。俺のやましい心がバレたか?


ご、誤魔化さねば。あの目は過去何度となく見てきたやばい奴だ。このままでは俺の自由が失われかねない。


「いや待て違うんだ。だ、だってさ、あれじゃん、王様は俺に土地を開発しろって言ったんだろ? それってあれじゃん結構泥まみれになるキッツイ系の仕事。農業とかいってたっけ? そんなキツイ汚い給料安いなサンケイ業務には奴隷こそが最も適してるっていうか向いているっていうか、そういう話だから!」


しどろもどろなことを言っている自覚はある。


ダールもじーっと俺のことを見つめている。


睨んでいる。


こわい。


こいつのマジ睨みはそこはかとなく怖い。


魔王を倒した無双な勇者にスリルを味わわせるとかお前本当に商人か。まじサスペンス。


「あ、やっぱだめだよな、そだよなわかってる奴隷を物扱いしちゃ魔王と一緒だもんな、いやちょっと言ってみただけなん――」

「よろしい。手配しましょう」


「……へ?」


「奴隷商にはいくつか伝手があります。すぐに紹介状を書きますからお待ちください」


ダールは席を立ち、まっすぐ扉へ向かう。


え。奴隷OK?


ガナビーオーケー?


マジか。


部屋を出て行ったダールを待ちながら、俺は「奴隷がいい」とか言い出したもののこれからどうしようなんて先のことを考える。


奴隷。


生活の面倒さえ見れば大抵のことは許してくれる俺に従順な存在。


『異世界といえば奴隷』。それは魔王に見せられた異世界に存在する禁書の中の一節。


禁書には記されていた。「異世界転移者はまず奴隷ハーレムから生活を始める。彼らは転生後の世界で幸せを約束された新世界の救世主メシアである」と。


俺も幸せになりたい。


魔王を倒した俺は救世主メシアといえるだろう。


ゆえにそれは逆説的に――俺にも該当する――ということではなかろうか。


「…………」


該当するかな。


どうかな。


どうだろう。


そもそも異世界転生者かどうかって、どうやって判定するのかな。


わからない。その方法はわからないまま今日に至っている。しかしもし該当するなら奴隷を得ることで何かが変わるかもしれない。そんな風に僕は思うんだ。だからこれはもう実践するしかない。俺にそれ以外の道なんてないんだよ。だからこれは決定事項。あとはどんな奴隷にしようかな、ってところ。


できれば包容力に富んだ子がいいなぁ。


例えば年上女性的な。


甘々に甘やかしてくれる的な。


ぼっきゅっぼんてきな。


いやでもそういうのはどうなんだろうなぁ。ちょっと未体験過ぎて怖い気もするなぁ。でもそういうのもありだよって気がしないでもないわけで。


うーむ。


うーん。


おねショタをするには俺の年齢が行き過ぎてしまっている。年齢一桁には戻れない。


いや待てよ。そういう秘宝を探しに行く旅とかすればいいんじゃね?


この広い世界。もしかしたらそういう魔法的なアイテムもあるんじゃないかな。どっかの盗賊とか山賊とか怪盗とかが手に入れて隠している可能性、あると思います。「俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる、探せ! この世の全てをそこにおいてきた!」みたいな。そんで「財宝はスタート地点始まりの村の地下にあるよーうはは盲点だったでしょー?!」的物語。冒険に次ぐ冒険。ありとあらゆる艱難辛苦を乗り越えて若返りの薬を手に入れた俺は大冒険の最終章で完全未体験おねショタ物語へと満を持して強くてニューゲーム。


うむむ。


ふふふ。


ふはははは。うっはぁ! はぅあっ、やっべ!


妄想が膨らみすぎてそわそわしてきた。


年上のお姉さんがある世界では犯罪とされるアレコレなソレを俺の俺にチョメチョメしたとしても私は一向に構わんッッ!


なんか俺の中で、新しい扉、開きそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る