第238話


「気を付けて行っておいで」


「はい。女将さん。お世話になりました!行ってきます!」


「うーん。はじめて会った時はまだ『礼儀正しい子ども』だと思ってたんだがな」


「獣人は成長始めると早いですからね。

でも、屋台で『美味しそうな匂い』がすると子どもに戻ってます。

それに、また『獣人3人娘』に戻れば、また子どもに戻りますよ」


「今は『仕事中』ということかね」


「ああ。そのうち『共闘』でも独り立ち出来れば『護衛』を解除してもよいと思ってる。

元々、『銅板対策』だったからな」


「戻った時は「まだパーティから出ない」と言ってたよな」


「ああ。『共闘』の意味を正しく理解していなかったようだ。

パーティを出ると、オレと一緒にいられないと思っていたらしい」


さくらの言葉に納得したようにボズが頷く。


「確かにパーティを組むのは『一緒に行動するため』って連中もいる。

上級者になればソロ同士で『共闘』しているのもいるけどな」


「オレもな。

頑張っているスゥに『経験値すべて』を与えたいから、早く『共闘』にしたかったんだがな」


「・・・次に町へ帰ってきた時は、さらにレベルが上がっているのか」


「・・・それでも、あの子は変わらないだろ」


「そうだな。あの子は『成長』をしているだけで、あの子自身が変わることはないな」



スゥと女主人が『別れの挨拶』をしている姿を見ながら、さくらとボズは小声で会話をしている。


「おい」


目線を2人に向けたまま、更に小さな声でさくらに呼びかける。

それに気付いたさくらも、目線をスゥたちから動かさずに「なんだ?」と返した。


「例の2人に『伝言』はあるか?」


『例の2人』とはシーナとルーナのことだろう。


「ひと言、『何をしている』だな」


「・・・それだけか?」


「シーナは落ち着いて冷静に行動出来れば、もっと『正しい行動』が出来る。

ルーナは・・・誰かに依存しすぎる。

『戦う』と決めた以上、覚悟をしなければいけないのを、シーナとスゥの存在に甘えて『出来なくても助けてくれる』となった。

あの2人も『共闘』に分けた方が一番良いだろうけど、1人になればルーナはすぐに死ぬ。

・・・町に置き去りにしてもな。

だからこそ、シーナは妹を守ろうと、『一人にしないように』とする。

ルーナが甘えを捨て1人で生きる意思を持たないと・・・スゥに追いつけない。

すでにスゥは読み書きもふた桁の計算も出来る。

これからは『共闘』になるが、あの子は料理も出来るから心配していない」


「差が出来たことは聞いていたが、そこまで差があったのか」


「ああ。オレたちの話をすぐに練習して実践するのがスゥだが、聞き流して『好きなこと』しかしないのがあの2人だ」


さくらの言葉にボズも「それはもう見捨てても良くないか?」と呟いたが・・・


「あの3人は『犯罪被害者』だ。

知ってるだろ?エンテュースの広場で『殺されかけた3人の獣人』の話を。

アレがスゥたちだ。

魔物に村を襲われて、逃げている途中で連れ去られて事件に巻き込まれたらしい」


さくらの言葉にボズは驚いて言葉を失った。


「オレも、『ある程度は仕方がない』と思っていたんだがな。

スゥは『わきまえる』ことが出来るが、ルーナは『弁えることを知らない』。

その度に、ハンドくんたちに叩かれても叱られても。

一緒に叱られるスゥが反省して改めるから、さらにルーナに対する『周囲の目』がキツい。

実際、中央広場の屋台で、ルーナとシーナは白い目で見られて屋台自体に近付けなかったそうだ。

しかし、スゥは一人で屋台の列に並んでも『お利口ね』と誉められたと喜んで報告してきたよ。

オマケをくれた店にはちゃんと礼を言って、さらに周囲から好感を持たれていた」


ボズもその話は聞いていた。

パーティが分かれた理由も広がり、そのために『従者失格』になったと噂にもなった。

しかし、屋台に『大人しく並べない』ため、周囲からの白い目を向けられて、シーナがルーナを連れて屋台から離れるのだ。

宿に泊まれば食事が可能だ。

しかし『鯨亭』に来ることはなかった。

この町では『獣人だけ』で泊まれる宿はほとんどない。

そのため、冒険者ギルドに行って、その日のうちに町を出て行った。


しかし、スゥは違った。

はじめはやはり『白い目』で見られていたが、大人しく列に並び礼儀も正しい。

周囲からの目が『好意』に変わったのはスゥ自身の『礼儀正しい行動』からだ。


「じゃあ、そろそろ行くぞ」


「はい。ご主人。それでは行ってきます」


「次もうちに泊まれよ」


「ああ。分かった」


スゥは2人に頭を下げて、さくらの後を追う。

今日はボズは休みだとかで、2人を宿で見送った。






スゥが見直されると同時に、主人である『ヒナルク』の評価も上がった。

ただ、帰ってきた翌日に絡んだ3人組が『常軌を逸していた』こともあり、下手に近付けないと考えたようだ。

宿に来ても追い出されるため、隣の食堂に現れたが、ヒナルクの『酒呑み仲間』たちのガードでアタック出来ずにいた。

さらに『宿泊客用席』との間はパーテーションで仕切られて声も掛けられない。

往来の道で『キッカケ』を作ろうとわざとぶつかりに行くが誰も成功しない。

それどころか、そのせいでトラブルに巻き込まれるのだ。

もちろん、それはハンドくんたちの『仕事』だ。

『さくらにぶつかる』イコール『攻撃を仕掛けてきた』となる。

『さくらの敵』はすべて滅ぼす気でいるハンドくんたち。

実は彼女たちはただぶつかるだけではない。

飲食物を手にして襲うのだ。

さくらヒナルクの服を汚してお詫びに食事を。

それが彼女たちの『作戦』だったのだ。

・・・ハンドくんたちが許すはずがない。

魔法でキレイにすることが出来るし、さらにさくらの身につけているものすべてに『防汚』効果がついている。

その作戦自体が失敗だと誰ひとり気付くものはいなかった。

それは『失敗した』と見聞きしたヤツが、『バカな奴。私なら成功出来る』と『同じ手』を使うからだ。

その結果、無関係の人にぶつかり、別の人を汚し、時には露店に倒れてものを壊し、子どもにぶつかってケガを負わせてしまった。

結果、詰め所へ連行されて多額の賠償金と罰金を支払い、数日間檻の中で生活し、『前科者』としてのレッテルを貼られ、露店を破壊した者は追放処分となった。

彼女たちの理由は一律していた。


「だって。見栄えもいい。それなのに強い。そんなカワイイ男の子を自分たちのパーティメンバーにして連れて歩きたいじゃない」


完全にマスコット感覚だ。

ただし、さくらは『神に愛されし娘』だ。

つまり、『神々のもの』だ。

神のものに手を出せばバツが与えられるのは当然だ。


さくらに『性的感情』で近付く者には、重い罰が与えられた。

そう。『下半身露出』で捕まり、王都経由でゴブリン帝国に外交のひとつとして『差し出された』女性たちのように。




ちなみに、さくらは騒動が近くで起きたこともあり知っているが、ターゲットが『ヒナルク』だとは知らない。

そして、裏で神々から許可をもらったハンドくんたちが暗躍していることも。

偶然、相手が足を滑らせて転び、手にしたものが『自分の上』に落ちた、とか。

偶然、相手が躓いて、手にしたものをそばにいた人に飛ばして衣服を汚してしまった、とか。

偶然、相手が急に立ち止まったために後ろから来た人がぶつかり、慌てて脇へ避けようとして足を捻り屋台や露店に突っ込んだ、とか。

いくつかはハンドくんがしたことだが、ほとんどは本人たちが引き起こしたこと。

ハンドくんは『バカたちからカワイイさくらの姿を隠しただけ』だ。

そして、さくらを見失った相手が自爆しただけである。

だいたい、人通りの多い道に飲食物を持って通ること自体マナー違反だ。

宿へ持ち帰る場合、通常は『持ち帰り』の容器に入れてもらう。

冒険者ならアイテムボックスに入れて行く。

その点、スゥは購入するとすぐにアイテムボックスに入れる。

転んで、せっかくの料理を無駄にしたくないからだ。

しかし、それを見た人たちが高評価する

そして、往来で服を汚されたのは『富裕層』だ。

弁償・賠償だけではない。

『迷惑料』として相当額を支払わされたり、アイテムボックス内のレア物をすべて取り上げられ、奴隷として契約させられた者もいる。

そんな彼女たちの中には、後に犯罪者の一人として捕まり処刑された者もいるが、身を落としたのは自業自得からだった。

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