第237話


4日目から、スゥはまた宿の部屋で座学・・・シーナたちも購入した『初心者用セット』をご主人の部屋の床に広げて、師匠から使い方を教わっていた。

セットに入っているアイテムの『使い方』と『サバイバルの基礎』の本は文字が読めるようになったスゥの勉強用に丁度良いようだ。

本を声を出して読みながら、ひとつずつ使い方を確認していく。


ねえ。ハンドくん。

シーナは『こんな簡単なこと』すら理解出来なくなってたってこと?


『はい。サバイバルの本に『火のつけ方』があります。

あそこに『火の魔石』があるでしょう?

あれを使って火をつけるのですが、本には『枯れ枝を集めて乾燥させてから魔石で火をつける』とあります。

ですが、シーナは『生木なまき』を集めて火をつけようとして失敗しました。

声に出していたため聞いていたルーナに『乾燥させた』かと問われ、乾燥させたら何とかつきましたが・・』


そういう時は『枯れ草か枯れ枝』だよね。


『スゥに確認した所、スゥたちの村では『集めて燃やすゴミ』という考え方のようです。

『枯れて落ちた』イコール『ゴミ』という概念です。

そのため、『燃えるから集めて燃やすゴミ』だそうですよ』


でも、それを生活の中で知っているなら、『火がつく』って思いつきそうな・・・って。アレ?


『そうです。

『そんなことも思い出せない』くらい、思考能力が落ちました』


「ご主人。師匠。

この本に『拾ってきた枝を乾燥させて火をつける』ってありますが、落ちている枯れ枝を取ってきたら乾燥させる必要ないですよね?

あと、村では枯れ草も火をつけるとよく燃えました。

この本には『枝』とありますが、燃やせる物ならどんなものでも可能ですか?」


「そうだね。

でも、説明文で『なにか』見落としていない?」


「なにか、ですか?

うーん。『拾ってきた枝を乾燥させて火をつける』。

・・・あれ?『拾ってきた枝』?

つまり、『落ちている枝』ってことですか?」


「スゥ。木に生えた枝は木から水と栄養を貰っている。

しかし、『木から落ちた枝』は水も栄養も貰えず朽ちて大地に還る。

そして大地を育む栄養となる」


「枯れ枝や枯れ葉って『大地に還る途中』ってことなんですね。

私たちの村では、枯れ枝や枯れ葉は集めて燃やしていました。

大地の栄養になるものを、わざわざ燃やしていたんですね」


「スゥ。ひとつ教えてあげる。

『燃やしたもの』を畑の土に混ぜると土が『元気』になるんだよ。

枯れ葉を集めて腐らせるとさらに栄養を蓄えた土になる。

『腐葉土』っていうんだ。

つまり、上手く活用すれば、『大地の恵み』を受けて豊かになるんだ」


〖 完全に冷ましてから、果樹の根元に撒くのも良いんですよ。

『大地に還るもの』ですからね。

燃やしたものでも、大地に栄養をもたらしてくれます 〗


「私たちの村では、『そのうちになくなるから』との理由でそのまま放置していました。

もっと畑や木々に『大地の恵み』を与えていれば、私たちの村は豊かになったのでしょうか?」


「うーん。それはどうかな?

生活が豊かになっても、心が貧しければそれは『不幸』だと思うよ?」


〖 スゥ。エンテュースを出てすぐに向かった『貧しい村』を覚えていますか? 〗


「はい。果樹を育てている北の村ですね」


〖 あの村に、腐葉土の作り方と燃やしたものを再利用する方法を教えました。

いつか・・・10年後にでも訪ねてご覧なさい。

少しでも豊かになっていれば『成功』でしょう 〗






効果はすでに出ていた。

いや。元々『売れないのに作ってどうする』という思いがあったのは事実だ。

しかし、さくらがエンテュースの宿と直接取り引きを持ち掛けてきた。

正直な話、疑心暗鬼で町へ向かった。

そのため、取り引き商品として指定された『熟れすぎたもの』と『形の悪いもの』とは別に、『いつも販売してるもの』も持っていった。

取引先となった宿にすべてを持ち込んだが、其処で耳を疑う会話を聞いた。


「あら?此方コチラは販売用ですね」


「当たり前だろう。わざわざ村から持ってきてくれるんだ。

露店許可証を持っているなら、ついでに店を開くだろ」


「では、此方の『熟れすぎたもの』と『形の悪いもの』を」


「おい。お前ら。

いつまでも飲んでねーでサッサと手伝え」


「おー。そいつで美味いもん作ってくれるんならな」


「ええ。たくさん作ります」


「よっし!」


客であるはずの男たちが裏口になだれ込んで来て、アッという間に大量の木箱を建物の中へと運んで行った。


「これからもよろしくお願いします」


代金を支払い、裏口を閉じる前に会釈した娘に一目惚れしたが、彼は3度目の訪問で失恋していたことを知った。

露店を開いている時に、男性と歩いているのを見た。

周りの話では、自分が出会う前から付き合っていたらしい。

あの宿に泊まり、あの宿の危機を救い、あの宿のランクを上げた『銀板の少年』。

あの自分の村に来て、知識を授けて、貧しかった村の生活を上げてくれた『少年』。

彼が『結びつけた』恋なら、彼女も幸せになるだろう。

それは飢える者がいなくなって、少年を讃えるようになった村のように。




師匠の言葉通りにスゥが訪ねていった時には、村は開拓されて見違えるほど豊かになり、『名もなき村』から村を救った英雄ヒナルクを讃えた『ヒナルクを讃えし村』という意味の『ヒナルクルス村』と名を改めていた。


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