第143話



自分たちはカトレイアやソルビトールが待つ執務室に足を向けた。


「ねえ。後でリンの所へ遊びに行ってもいい?」と無邪気に聞くアムネリアにベロニアが「私たちは『仕事』で此処にいるのよ」と冷たく言い放つ。

大好きなリンカスタに会えてテンションが上がっていたアムネリアだったが、ベロニアにたしなめられて大人しくなる。

そんな様子をシルバラートは自分が冷たい目で見ていることに気付かなかった。



元々、父は自国にいた時からリンカスタを避けていた。

その『理由』に成人してから気付いた。

リンカスタは『父の後妻』になろうとしていたのだ。

その計画のために自分たちを『懐柔』しようとしたのだ。

父はそのことに気付きつつ、母を亡くした子供たちのために『気付いていないフリ』をしてきた。


しかし、親に甘えたい年頃だった末子のアムネリアはともかく、長子であるカトレイアはリンカスタの目論見に気付いていた。

そして『次期族長』ではなく『副族長補佐』を選んだ。

それは『王城に残り国を守れる』立場だからだ。

『次期族長』になれば父と共に他国へ行くことになる。

シルバラートは『次期族長』として他国に行って父の仕事外交を見て勉強してきた。

しかし、その間は王城を留守にする。

その留守を預かるのが『次期族長副族長補佐』という立場だ。

実は『族長不在』のトラブルに対応出来る手腕が必要なのだ。

『天罰騒動』の時に国内が混乱しなかったのは、姉カトレイアが自分の代わりにテキパキと動いてくれたからだ。

そのおかげで自分は国民の前で失態を演じることも醜態を晒すこともなかった。

そしてそのことを姉は「良い経験をしたわね」と笑って済ませてくれた。


・・・改めて自分が『族長を譲られた』と認識せざるを得なかった。



それからは必死だった。

時間ができると過去の記録を読んでいた。

そして改めて父の手腕の凄さに驚いた。

『当事者』やそれによって実質的な被害をこうむった者だけでなく、数に上がらないその周囲の些細な被害者にまで気を配っている。

そして『施設の整備』などにも気を配っていた。

それは『母のこと』があるからかと思い、軽い気持ちで過去までさかのぼって調べていき・・・

あの施設が『事故』の半年前に新築されたばかりだったことを知った。

『事故』の前に魔獣に襲われて壊滅した村がいくつもあり、あの施設はその『被害者』たちが身を寄せ合って生活していたのだ。


当時、自分の補佐だったカトレイアにその話をした。

カトレイアは驚いていたが「そう・・・『知ってしまった』のね」と悲しそうな表情を見せた。

そんな顔は母を亡くしてから一度も見たことはなかった。

だから「すべてを知る『覚悟』はあるの?」と聞かれてすぐに頷いた。

『姉が背負うもの』を自分にも分けてほしくて。


そしてカトレイア自身が自ら『現場』までおもむき、見聞きして調べてきたことを纏めあげた書類を見せてもらった。

あの頃。『魔獣に襲われ滅ぼされた村』が余りにも増えていた。

その半数近くが『生存者のいない村』だった。

しかし『その内容』に絶句してしまった。


「・・・コレって・・・」


「ええ。だから言ったでしょ?『覚悟はあるのか?』って」


・・・こんなこと口にすることはできない。

しかし父は『そのこと』を知っているのだろうか。

そんなことを考えていたら顔に出ていたのだろう。

自分の表情を読んだ姉は大きく息を吐く。


「父上ならここに書いてある内容全てご存知だったわ」


「・・・何時いつから?」


「『始め』から」



もう何も言えなかった。


父も姉もこのような『重い事実』を抱えていたのか。





「なに怖い顔してるのよ」


ベロニアに声をかけられて、『考えごとの海』から引きずり戻された。

もうすぐ『執務室』の前だ。


「みんなに『話したい』ことがある」


弟妹も既に成人を迎えている。

父に守られて『何も知らずにいられた幼い子供』ではない。

父に『信頼』されるには、いつまでも『子供』でいてはいけない。

自分たちはもう『国の代表』なのだから。



・・・たとえ『辛い事実』を突きつけられたとしても。


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