第80話



「それでも・・・それでもいいんです。さくらのそばに居られるなら。顔が見られるだけで・・・それだけで私は『シアワセ』なんです」


ヒナリは真っ直ぐに男神を見つめ、必死に自分の素直な思いを訴える。

一方、ヨルクは膝の上に固く握りしめた両手を置いて男神を睨みつけたまま黙っている。

しかしさくらを心から大切に思っているのは『呪いを見破り解除した』ことで実証済みだ。


「ワシはさくらが『さくららしく』居られるのなら何処で何をしていようと構わぬ。ただ、ワシらのことを『帰る場所』だと思ってくれればなお良い」


「俺は・・・さくらが『手の届く範囲』に居るなら、さくらを守るために何でもする。たとえ『賞罰欄』に『殺人』の二文字が付けられても、さくらのためなら構わない」


彼らの言葉に男神は目を細める。


「・・・さくらは本当に幸せだな。異世界に一人送られてもキミたちに出会いこれほど愛されているのだから」


「神よ。さくらを愛しておられるのは貴方方も同じではないですか?」


ドリトスの指摘に苦笑する男神。

図星なだけに否定も出来ない。




「『国王代理』は『さくらの魔石』の換金を忘れているようだな。しかしそのお陰で魔石の『性能』を知ることが出来た。よって『さくらの魔石』は価値が高いと判断し『価格』が正式に決定した。そして今回の『乙女の魔石』は質が悪く価値が低い。よって価格を下げてある。金額は神殿より報告がいくはずだ」


「『さくらの魔石』ですか?」


「『乙女の魔石』と比べても精度があまりにも違い過ぎる。そのため『乙女の魔石』とは別の魔石と判断した」


確かに男神の言う通り、『乙女の魔石』と『さくらの魔石』は大きさも精度も違い過ぎる。

『さくらの魔石』を初めて見たマクニカが不信感を持ち雑に扱ったのも正直分かる。

こぶし大』の大きさをした『正二十面体』の魔石・・・というよりピンクさくら色をしているのに純度の高い水晶。


それに魔力を通したセルヴァンとドリトスは『あること』に気が付いていた。


『乙女の魔石』を含めた魔石全般は、魔力を込めると多少の差はあるが『抵抗』が起きる。

それは魔石自体が、大気に混じった『良くないもの』を固めたものだからだ。

しかし『さくらの魔石』は、同じ『良くないもの』を固めたにも関わらず『抵抗』が全くない。

逆に『使用者』に対して負荷が掛からないように『軽減作用』を感じられる。

つまり『魔石全般』に魔力を100%流すと75〜80%の威力で『発動』する。

しかし『さくらの魔石』の場合、魔力を同じ100%で流したら、1.5倍の威力を発動させるのだ。


・・・それ以上かもしれない。





「ああ。準備が済んだようだな。ではさくらのことを任せたぞ」


男神がさくらの寝室に目をやったあと4人に顔を向けると、そう言い残して姿を消した。

同時に結界も解除される。




「・・・さくら!」


ヒナリが真っ先に寝室へ飛んで行った。

飛んで行ったのは慣れない正座で足が痺れてしまい立てなかったからだ。

先程は開かなかった扉が内側から開いて、ヒナリはベッドの上へ直行する。

そこにはさくらが眠っていた。


「さくら・・・さくら・・・」


ヒナリはさくらの名前を繰り返しながら、さくらを抱きしめる。

さくらの頬を撫でてキスをするが、さくらは何も反応をみせない。


「ヒナリ・・・」


「大丈夫よ。間違いなく、さくらはここに・・・私の腕の中にいるんだから」


ヒナリはさくらの頬を撫でながら、愛しそうに微笑む。

ヨルクもヒナリの横に座り、ヒナリの腕の中で眠るさくらの頭を撫でる。


「・・・そうだな。こうやって顔を見てれられる距離にさくらがいる」


いいんだ。いまは無理せずゆっくり休んで。

そして、ココロが癒されたら『帰っておいで』。




2人の姿を見守っていたセルヴァンは思う。

以前ドリトスが指摘した通り、さくらはこの子たちを成長させる『雛』なのだ、と。

2人・・・特にヒナリはさくらと関わってから、大きく『成長』した。

さくらと出会う前のヒナリは上手く自己主張が出来ず、ヨルクに振り回されてついて行くだけだった。

しかし今はまださくらに関してだけだが、自己主張をするようになった。


ヨルクはヒナリ以外の相手には特に興味を持っていなかった。

それが、さくらのために自ら考えて動くようになっている。

ただ、他種族やさくらのことをよく知らず、『さくらにとって良いかどうか』まで分かっていない。

だから『翼族の羽衣』を身につけさせたさくらは、ずっと日向ひなたに出ていても大丈夫だと勘違いをしていた事もある。

それ以降は、さくらのためになるかどうかを考えるようにはなったが・・・


『さくら優先』になってる気はいなめない。

それでも2人にとっては『大きな進歩』だった。



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