第71話




「さくら。眠いんでしょ?」


「ほら。少し寝てろよ」


「やーあーよー!」


プクッと頬を膨らませてプイッとソッポを向くさくら。

座卓を背に座椅子を回して畳に足を伸ばして座っている。

座椅子の背を半分の高さまで倒してあるのは、この角度だとさくらが寝やすいから。


今は、いつもなら食後で眠っている時間だ。

駄々をねて寝ない時はこうやって倒していると気付いたら眠っていることが多いようだ。

眠い目をこすりつつ、それでも必死に起きているのはセルヴァンたちが帰ってくるのを待っているのだろう。


現にさくらの目は応接室に通じる扉を気にしている。



「ねぇ、さくら。そういえばセルヴァン様とドリトス様を時々違う呼び方で呼んでいるわね」


「・・・だぁめ?」


「大丈夫だろ?」


あの2人ならさくらがどう呼ぼうと喜ぶに決まっている。

『おじいちゃん』と呼ばれても喜んで返事をするだろう。

ヨルクの言葉にさくらは笑顔になる。




ちょうどその時、部屋の扉が開いてドリトスとセルヴァンが入ってきた。



「・・・・・・ドリぃ。セルぅ」


一瞬言葉に詰まったあと涙目で2人に両手を伸ばすさくら。

セルヴァンはさくらに駆け寄り力強く抱きしめる。


「さくら。大丈夫だ。もう大丈夫だ」


「もう大丈夫じゃよ。さくら。ワシらは居なくなったりせぬ」


「心配させて悪かったな」



セルヴァンに強く抱きしめられて、さくらも必死に抱きついて、ドリトスから頭を撫でられて。

やっと安心したさくらはセルヴァンにしがみついたまま眠りについた。


初めて会った時よりはるかに弱々しい腕が、さくらの『今のもろさ』を物語っていた。


さくらを寝かそうにもしがみついているさくらは離れない。

セルヴァンも無理矢理引き剥がす気はなく、そのまま膝だっこの状態で昼食を取ることにした。


セルヴァンとドリトスの昼食にはサンドウィッチが出された。

うどんの汁がさくらに掛かったら火傷をしてしまうからだった。





「セルヴァン様とドリトス様は、さくらからなんて呼ばれているのですか?」


ヒナリの言葉にセルヴァンとドリトスは顔を見合わせる。


「普通に呼び捨てだろ?」


「ですが、先程も・・・」


ヒナリの言葉に2人は合点がいった。


「『セルぅ』と『ドリぃ』か」


「ええ。そうです!」


「あれはさくらが見せる『甘え』のひとつだな」


「心細かったり寂しかったりした時、甘えたい時に口にしておるのう」


「『今は特に』多いな。・・・『長患ながわずらい』が原因だと思うが」


そう言って、腕の中で眠るさくらの頭を撫でる。

時々「セルぅ」「ドリぃ」の寝言と共にグスンッとグズるさくらの身体をセルヴァンが軽く叩き、2人が「大丈夫だ」「ここにおる」と声をかけると落ち着いて再び静かに眠り出す。





「・・・私たちには甘えてくれないのかしら」


少し淋しそうに呟くヒナリ。


「おや?気付いておらなかったか」


「本人たちは直接呼ばれていないからでしょう」


ドリトスとセルヴァンの言葉に目を丸くするヒナリとヨルク。


「私たちはなんて・・・」


「・・・そのうちに分かるじゃろう」





さくらがグズる度にセルヴァンとドリトスが宥める。

何度目だろうか。

グズるさくらがそれまでと違う反応を示した。


「ふみぃ・・・」


「ヨシヨシ。どうした?」


グズり出したさくらの頭を撫でていると「パパとママがすぐに「寝なさい」っていう〜」と寝ぼけてセルヴァンにしがみついた。


「2人はさくらの身体を心配しておるんじゃよ」


「違うもん。パパたちは『いじわる』してるんだもん・・・」


「じゃあ。いじわるな『パパ』と『ママ』はいらないか?」


「グスン・・・ヤダぁ。いる~」


苦笑する2人に慰められて、泣き疲れて眠り出す。

さくらが深く眠ったのを確認したセルヴァンはさくらの身体を軽く叩きながら「分かったか?」とヒナリとヨルクを見る。

「え?」「へ?」と言葉を出した2人にドリトスと苦笑する。


「お前たちの『雛』は?」


「「さくら」」


2人は声を揃えて即答する。


「さくらにとって『お前たち』は?」


「「親・・・ア!」」


2人同時に顔を見合わせると「「私・オレたちが『パパ』と『ママ』!」」と驚きあった。



「それで?」とドリトスが2人に聞くと今度は顔を曇らせる。


「最初の頃は『一緒』に寝てたんじゃなかったかね?」


「今は特に『病み上がり』だからな。1人で寝ているのは寂しいから嫌がっているんだぞ」



セルヴァンの腕の中で眠るさくらに全員の目が向く。



「・・・ゴメンね。さくら」


ヒナリがさくらの頭を撫でて謝罪する。


「セルヴァン様。さくらをベッドに寝かせて頂けますか?私が一緒にいますから」


ヒナリが頼むとセルヴァンがさくらをベッドへと運ぶ。

ベッドに寝かせたさくらが、温もりを失ってグズり出したが「大丈夫よ。さくら」と横に寝転んだヒナリが抱きしめると安心した様子で再び眠り出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る