第64話




「そろそろ部屋へ戻るぞ」


セルヴァンにお姫様抱っこで抱き上げられた。

外は陽が落ちてきたのか、空が『さくらんぼ色』に染まっている。

ヒナリがずっと抱きしめてくれてたけど・・・

「重かったでしょ?」と聞いたら「全然。また『膝だっこ』させてね」って笑って言われた。




「ねぇ。ヨルクは?」


また『いなくなっちゃった』の?

心配そうにセルヴァンを見上げるさくら。


バッチーン!

ドッターン!


「イッテェー!!」


大きな音と共にヨルクの叫び声が聞こえた。

驚いてセルヴァンにしがみつくさくら。

奥のベンチからヨルクがフラフラ〜と立ち上がった。


「もう!何やってるの!」


ヒナリがヨルクのそばに飛んで行き、引き摺って連れてくる。


「またハリセン食らったー。今度はベンチから突き落とされたー」


「また?」


ヨルクの言葉を小首を傾げたさくらが繰り返す。

その原因が『さくらの寝言』だったのだが当の本人が知るはずもない。

それは『寝言とは寝てる時にいうもの』だからだ。



「さくらが寝てる時にバカなことを言って、ハンドくんに『ハリセン攻撃』を受けたんじゃよ」


「じゃあ『今』はナゼ?」


「『何度起こしても起きなかったから』だろう」


「だからってハリセン出さなくてもいいじゃないかー!」


「何言ってんのよ!さくらが『いなくなった』って心配してたのよ!」


ヒナリの言葉にハッとしてさくらを見る。

さくらは泣きそうな、不安そうな目をしていた。


「さくら。こっちおいで」


ヨルクが手を伸ばすと、さくらはセルヴァンの胸に顔をうずめて『イヤイヤ』と首を横に振る。

その姿にショックを受けるヨルク。

セルヴァンには「諦めろ」と切り捨てられ、ドリトスからは「さくらを泣かすほうが悪いんじゃ」とトドメを刺されてさらに落ち込む。

「ヒナリ〜」とヒナリに助けを求めるが「置き手紙もしないで黙っていなくなって。今朝、さくらがどれだけ泣いていたと思ってるの?」と見捨てられて撃沈した・・・




さくらは目覚める前に『呪いを解除』された時の映像を創造神から見せてもらっていた。

ヨルクの様子が気になって使ったお得意の『鑑定』魔法で、魔力がかなり減っているのは気付いていた。

しかしそれは『ヨルクたちの家がある《セリスロウ国にあるマヌイトア》まで往復したから』だと思ってた。

でも、実際は『呪いの解除』のために魔力を使い切っていた。

ヒナリが負担する分も大半をヨルクが引き受けて・・・

魔力を使い果たしたから、回復させるために眠いのだろう。


さくらは、そんなヨルクに『少しでも疲れさせるようなこと』はしたくなかった。

・・・ヨルクにとって、さくらを腕に抱く行為は『癒し』効果があったのだが。



親鳥ヨルクの心 さくら知らず』だった。




部屋へ戻ったさくらたちは早めの夕食を取ることにした。

今日の午前に『呪い』から解かれたさくらや、魔力を一番使ったヨルクやヒナリを早く休ませるためだ。

『魔石』に魔力を注いでいたセルヴァンとドリトスだったが、彼らは屋上庭園でゆっくりしていたため魔力はだいぶ回復している。


「さくら〜。もう寝ようぜ」


「やーだーよー」


「さくら。まだ本調子ではないのよ」


「ねむくな〜い〜」


だからまだねないもーん。

さくらはまだ起きている気マンマン。

ドリトスとセルヴァンは顔を見合わせて苦笑する。


「さくら。もう一度屋上庭園へ行くぞ」


セルヴァンが「ヤッター」と喜んでいるさくらを抱き上げる。

それに驚いたのはヨルクとヒナリ。

セルヴァンの事だから無理矢理にでも寝かせると思っていたのだ。

セルヴァンが何をしようとしているのか気付いているドリトスもついて行く。

しかし2人が動こうとしない。


「ヨルクとヒナリは『お留守番』かね?」


2人は一瞬戸惑った表情を見せたが「行く!」「行きます」とあとを追った。





「さくら」


「なあに?」


「『獣化じゅうか』が見たいんだったな」


「見せてくれるの!」


「元気になったからな」


「わぁーい」と大喜びするさくら。

その後ろで「え?獣化?」と顔を見合わせているヨルクとヒナリ。


「女神様から『獣人は獣化出来る』と聞いたらしくてな。さくらは『見てみたい』そうじゃ」


「でも・・・何故『今』なんでしょう?」


「『今』だからじゃよ」


ドリトスの言葉が理解出来ない2人。

それでも喜んでいるさくらを見て「さくらが楽しそうだから」と『親バカ』能力を発揮する。

『さくら至上主義』『さくらが一番』だろうか。

セルヴァンの腕の中で目を輝かせているさくらを見ているだけで笑顔になってくる。


「セルヴァンのヤツー。オレのさくらなのにー」


「さっき、抱っこを嫌がられたばかりでしょ」


ヒナリに『忘れたつもり』のキズをさらに深くえぐられて、再び落ち込むヨルクだった。




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