それは殻
「壁じゃない、殻だった」
「ん〜?」
貼り付けた訳じゃない、変わらずの透明な笑顔で彼女は笑う。僕が口にした嫌味を意に返さず、彼女は金網をよじ登る。
ずっと違和感があった。彼女に友達がいないことに。走るのも速いし頭も悪くない。いつだって笑顔で顔立ちも整っている。それなのに、誰かと仲良くしている所を見た事がない上に男も言い寄らない。
そして、彼女は話しかけられると必ずこう言っていた。
『私は硝子だから』
だからやめておく。だから遠慮する。
後ろ向きな性格ではないのに、本人すら気付いていない『殻』の中に閉じこもっていた。
透明過ぎて自分で見えない殻。それが、僕の導き出した彼女という人間。
「不純くんは面白いこと言うよね」
「不純くんはやめてくれ。悪い事をしているのはわかってるけどさ」
深夜に学校のプールへ忍び込むのも板についてきた。僕はこの沈んだ星が好きだから来ているのだけど、彼女はなぜこんな所にいるのだろう。
彼女とする話に中身なんてない。晩御飯が何かとか、月が丸かったとか、感想も零さず情報共有をするだけ。
意味なんてない。でも、居心地は悪くない。
依然、僕達は他人だった。
帰る時間になって、彼女は背中越しに一言漏らした。
「ありがとうね」
「こちらこそ」
深く考えずに、僕はありふれた言葉を返す。
それが最後のやり取りになるだなんて、知らなかったから。
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