肆 情報収集
日暮れ頃、東の空を紅に染め上げ、群青との境界から射し込む暁の光は、彼の瞳を照らし出す。
真紅に輝く瞳の奥から、その“
やがて東の光はそれと混合し、幻想的な姿を築き上げた。
——魔族達が生み出すその”芸術“を、人々は”
しかし、彼がその姿を知る術もなく。
ユウはこめかみより汗を滴らせ、少し荒げた息で、遠くを見据えた。
「——見えてきたな。」
軽く呟けば、彼の視線の先に、朝焼けの光を反射させる白の帯——外壁が確認できる。
ユウは腰に下げられた水筒に一口つけると、ハァっと息を吐いた。
「もうひと頑張り、か。」
ジリジリジリ……
小さく呟き駆け出せば、蒼に輝く稲妻が追従するように地を疾る。
火照った身体に風を受け、暫くの疾走。
やがてユウは、タンタンタンッと、程よいリズムを刻みながら足を踏み込んでいくと、慣れた様にスピードを緩め。
そして軽く眼前に広がる外壁を観察した。
首を傾ければ、東から昇る日へ続く様に、白の帯が伸びきっている。
壁に軽く触れれば、そこから石材の冷気を指先で感じた。
——正門は…この真反対だったか。
いつもだったら壁沿いに進んで、街へ入る手続きを結ぶところだが…
「……」
無言で壁を見上げたユウは、小さくため息を漏らした。
魔族である事実のどちらにも関わらず、彼の髪と瞳が一致している時点で、世間一般から見れば彼は完全に魔族。
彼が安全に審査を通る訳が無いだろう。
「全く——傍迷惑な連中だな…魔族というのは。」
そう口ずさみながら、フードを被ると、ユウは地面に手を着く。
すると、彼を中心に、小さく雷が広がり、音を漏らす。
バチバチバチッ…!
蒼く染まった視界のまま——
ジリッ…!!
ユウは跳んだ。
壁を大きく超えた跳躍。
予想以上のそれに、ユウは眉を顰めた。
「おい、お前!!」
壁の上にいた兵士が声を上げる。
だが、最早関係ないり言わんばかりに、ユウは無言で走り出すと、すぐさま死角へと消えるのだった。
◯
暗い雰囲気の街道。
——貧民区。
この位置から侵入した場合、ここへ出ることをユウは理解していた。
この迷路の様に入り組んだ街に加え、侵入を目撃した兵士はたったの一人。
状況証拠の圧倒的少なさから、容易に撒くことは出来るだろう。
ここから北へ向うと徐々に
——なんとか逃げ出せないものか。
数ヶ月前まで、そう考えていた彼の努力は、ここで活かされた。
<いたか…?>
<いいや…こっちもダメだ…>
路地裏で、兵士達がそういったた会話をする。
人混みから目尻に確認したユウは、息を漏らす。
この距離だ、当然会話など聞こえはしない。
だが、状況から見て、内容は想像に容易いだろう。
「……」
片手でフードの端を摘みながら、視線のみで辺りを軽く見回すと、当然ではあるのだろうが、黒髪の人間など一人もいなかった。
全体的に黄や茶が多く、中に赤や紫、蒼色なども混じっている印象である。
この明度、彩度共に高い中を黒髪で歩けば、当然大いに目立つだろうと思った。
さらに、そう言った者だけではなかった。
頭から人以外の動物の耳を生やした者や、耳の長く尖った者、異様に身長の低い、しかしそれ以上に膨れ上がった、異常に筋肉質な者までいる。
やはり、この世界は現世とは圧倒的に異なる、と実感した。
そんな事を考えつつ、いつのまにかその視線は、当初の目的であった図書館を探し出している。
「…あれか…?」
しばらくして、商店街から外れ暫く歩いたところに、それらしき建物を発見した。
窓から大量の本棚が覗く、一軒の建物だった。
どうするかと、それを暫く眺めていると、一人の男がその中に入って行こうとしているのを捉える。
ユウは、少し間を置いて、彼の後に続く様に店に入った。
すると、すぐの受付で、彼は数枚の硬貨を渡す。
——やはり有料か。
内心でそう呟いた。
ユウはそれに若干表情を歪めたが、これも想定の範囲内であった。
彼は、フードの端を摘んだ状態であらかじめポーチより取り出していた金袋をカウンターに置く。
「釣りはいらない、取っておけ。」
呟くようにして受付嬢にそう伝えると、視線はおろか顔の一切を見せる事なく歩き出した。
どうなったかは見えなかったが、音から察するに数枚を取り出し、あとは懐へ仕舞ったのだろう。
——いまので傭兵一人分の全財産が消えた。
彼のポーチには、まだ3人分の小袋が入っている。
また、一応中身も確認しており、硬貨に幾つか種類が存在する事も分かっていた。
そして、彼の続いた男性が渡した数枚の硬貨も、数は足りている事を確認していた。
だが正確な数までは分からなかったため、一袋置いてしまう結果になった。
一々値段を聞き、袋から出し、彼女に色々な質問をしていては、どうあがいても彼の赤い瞳が見つかってしまうからであった。
——こうして、無事図書館にユウは、辺りを見回す。
小綺麗な木製の内装に、長机が数脚置かれており、そしてそこには椅子が、さらには数名の人間がそこに腰を掛け、本に目を落としていた。
——この様子なら大丈夫だろう。
そう思ったユウは、本棚から数冊の本を無作為に選び出すと、それを持って向かい席の無い、壁際の椅子に腰をかける。
「……」
栄えある一冊目。
しかし、それを開いた時点でユウは表情を歪めた。
紙一面にびっしりと描かれた謎の模様。
——やはり、一致しているのは音声言語だけか…まあこれも奇跡みたいな物だし、やはり一から独学で——
「.....!」
本に再び目を落としたその時、ユウは一瞬思考を停止した。
「——読める…だと…?」
思わず口にこぼしたその言葉。
ふと我に帰ると、周囲を見渡すが、聞かれた様子の無いことに内心胸を撫で下ろし、そして再び視線を下へ落とす。
「……」
——間違いない、読める…
見たこともないその字体。
何故かはわからない、しかし、なんとなくではあるが意味がわかる。
「……」
理由はわからんが…だが読めるのなら利用しない手は無いか。
なんにせよ、今はワケを探る方法もない。
取り敢えず、この世界での基礎知識を身につけることが先決だ。
ユウは、そのままページをめくっていったのだった。
◯
「あ、ありがとうございました!」
図書館から出る時、何故か受付嬢にそう言われた。
余ったお金が異様に多かったのだろう、ユウはそう思い、完全に無視して建物から出て行く。
外はすっかり暗くなっていた。
大体半日、ここにいたらしい。
くらい夜空を見上げて、ユウは小さく声を漏らした。
「——読書は嫌いじゃ無いな…」
彼はそのまま歩き始める。
この半日でわかった事——それは、まずこの世界には魔法と呼ばれるものが存在する。
昨日、彼に宿ったこの雷の力も、この魔法の一つだった。
さらに、種族が非常に多い。
人種、と言ってもいい。
まず、前世地球に存在した人類におおまかな特徴が一致するヒュマノ種。
次に、耳の長く、魔法に長けた、長寿の種、エルフ種。
そして、身体が大きく、力の強い巨人種。
さらに、全体的に身体能力に優れ、五感の鋭い獣人種。
最後に、頭に角があり、竜と深い関わりのある、長寿の種族、
以上の”五大種族“、しかしその中でもまた枝分かれし、例えばエルフ種であればウッドエルフ族、ダークエルフ族。
巨人種であれば、タイタン族、ドワーフ族、グラヴィエ族、と言った具合に多数存在している。
そして——ヒュマノ種もまた、三つに分けられる。
この世界に最も多く存在し、そして最も前世に於ける人間、それに近い種族、ハリス族。
身体能力に優れ、戦闘に特化しているサリス族。
そして最後に——最弱種と分類される事の多い、ヒュマノ族に於いて、存在そのものがイレギュラーに位置する存在——
産まれながらにして多種族を大きく凌駕する圧倒的な魔法能力と身体能力を誇る、まさに最強を冠する種族——魔族である。
人類に仇なす者達、死の象徴、絶対的恐怖の具現、顕現せし殺戮___そう呼ばれている事からも、彼等の規格外さが伺えるだろう。
そして、その外見的特徴は、黒い髪に紅い瞳。
まさに、彼——ユウと一致しているのだった。
では何故、この種族がこうも多種族より遠ざけられ、差別や恐怖の対象になっているのか…
それは、50年ほど歴史を遡る。
当時より、魔族はその脅威性から多種族より敬遠されていた。
しかし、突然魔族内で”神童”と称されていた天才、ベルセダがその圧倒的な力を以って魔族達を統一。
魔王を名乗り、多種族に対して宣戦布告。
以降、今でも魔族軍側と連合軍側で激しい戦争が行われている。
それどころか、数で圧倒的に勝る連合軍側が、若干押されている程だった。
とは言っても、現在では魔族軍の侵攻がやや収まっており、一種の
第一線でも、戦闘行為そのものが珍しい程であった。
だが、それでも魔族とは敵軍であり、その特徴である黒い髪か紅い瞳の何れか、若しくは両方持つ者はこうやって非難の対象とされているというわけだった。
「……」
ユウの、魔族に一致する特徴は、この外見的特徴のみではなかった。
——圧倒的な魔法能力。
昨晩の兵——半分以上は“彼”がやったものだろうが、それでも武器も持たずに、所謂“戦闘のプロ”相手に殺戮の限りを尽くした。
これを圧倒的と言わずしてなんと言う。
俺は、やはり魔族なのか…?
夜空に輝く月に、ユウは小さく問いかける。
だが答えは沈黙のみだ。
ユウはため息の後、小さく呟いた。
「——今考えていても仕方ないか…」
それよりもと、仕切り直すと、彼は頭を捻った。
今夜の宿にである。
当然、ユウにはアテなんて無い。
髪を見られる可能性があるし、何があるかわからない以上道端で寝る訳にも行かない。
また壁を飛び越えるのも論外だろう、流石に今朝の件で警備が強化されているはずだからだ。
であれば、宿舎を借りるしか無い。
金は十分に足りるだろうが、だがこの外見ではどうしても借りることなど出来ないのだ。
もう一度、袋ごと渡せば行けるかもしれないが、運が悪ければ咎めらて終わりな上に、仮に成功してもこれではすぐに資金は底を尽きる。
「……」
そんな事を考えながら歩いていると、ある物が目に止まった。
木製のバケツに入った、青い色の液体。
側の壁は中途半端に青く塗られており、さらにブラシも落ちている。
塗料だった。
「ハァ…」
それを見て、ユウは頭を抱えた。
「我ながら、馬鹿な事を考える.....」
そう呟いたが、これ以上の考えを見つけられなかった彼は、そのバケツの塗料を頭に塗って行った。
…ちょっと甘い香りがする、嫌いではない。
化学塗料でも無いし、当然か。
と、それに続けると、ユウはそのまま歩き出すのだった。
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