サンタが街で殺ってKILL ~凶悪犯罪少年には、どす黒いプレゼントを~
或木あんた
第1話 「黒サンタ~クネヒト・ループレヒト~」
どうしてこんなことになったのだろう、と少女は思う。
一戸建ての住居の一室。薄暗いその部屋で制服姿の少女が監禁されている。
少女の目の前にいるのはやせ型の男で、その手には包丁が握られており、その近くにはついさっきまで人の体だったものが散らばっている。
「なあ、お前え、少年ん法って知ってるかあ?」
「この国は、どんなに凶悪な犯罪を犯しても、――未成年なら死刑にならないどころかあ、十三まではちょっとがまんしてまともぶってるだけで許されるんだよおおお」
「―――長年心待ちにしてたぜえ、この時を。お前の親の血潮が飛び散り、内臓がちぎれ、断末魔は最高に美しい響きで、恐怖に満ちた目ん玉をくりぬいた時俺はついイッちまったんだぜ、ああ、これだ、このためにここに戻ってきたって」
「ひゃっははあ、そうだよぉ! その目だよう、その目でもっと俺を見ろぉおおおおお!お前みたいな若くて綺麗な女をぐちゃぐちゃにする妄想だけでそれまで生きてきたんだからよおおおお!お前ついてるよ、俺がコイツでお前の全てを犯して犯して犯しつくしてやるから、最後まで楽しませてくれよおおおお」
猿ぐつわごしに少女が濁った悲鳴をあげ、四肢を必死に動かそうともがく。その様子を見た男は「ひゃっははあははははああああ」と奇声を上げ、少女の大腿部へ刃物を振り下ろす。鈍い音がして包丁が肉に突き刺さった。
「ッ! んんんんん――――――ッ!!!!」
びくっと少女の体がのけぞり、声にならない絶望の声を上げる。その目は涙などすでに渇き、目の前で起きていることをただ見続けることがしかできない。
「いいねぇえええええええ! イクッ!イクううううううううッ! ひゃっはあああああああああああああああああああ」
腰をひくひくと痙攣させながら男が少女の四肢に包丁を振り下ろし続ける。痛みで全身の感覚が麻痺していく一方で、男の奇声と自分の身体が刃物に蝕まれ、嬲られていく音だけが、冷静に少女の脳に響いていた。
どうして、こんなことになっているのだろう、と少女は思う。
自分はただ、いつもと変わらず学校へ行き、つまらない現国の授業を意識半分で聞いて、お弁当のおかずの貧困さに友と文句を言い、ムカつく客がくるアルバイトを終えて、少し寄り道をして帰宅しただけだというのに。
いつものごとく父親に帰りが遅いことをうるさく言われ、母親に部屋を片付ける約束を破ったと叱られ、それでも揃って夕飯を食べる。そんなごく普通の夕べが、時間が欲しかっただけだというのに。
目の前に広がる魑魅魍魎と見まがうほどの鬼畜の所業など、誰が望んだというのだろう。何の罰なのだろう、と少女は思う。もうすでに身体は何が何だかわからないような状態になっていた。
自分に馬乗りになり、鈍色の塊を振り上げる鬼畜を眺め、少女は「あ」と思う。
終わりだ、終わりなのだ。これで、もう、自分はこんなに穢れたところで穢れの権化のような存在に身体を蹂躙されて、そのまま暗い闇の中に残されるのだ。
ならばせめて、と。
最後に見る景色はこの獣になどしたくない、と少女は目を瞑る。
「ひゃはははあああああああああああああ」
反吐が出るような音声が聞こえ、終わりが近づいてくる。ここまで来たなら、もうすぐにでも終わりにしたかった。少女は静かに、くちびるをかすかに動かして、
「さ……、に……、ぃち……」
その時。
「メリー、クリスマース!! ホッホッホー!!」
ふいに陽気な誰かの声が血まみれの部屋に響く。
思わず目を開けた少女が目を動かすと、馬乗りになった男が振り向いた先に、誰かがいる。
その人物は、赤い起毛のローブに黒い革ベルトを締め、白いひげを口元にたくわえた恰幅のいい老人だった。その姿はごく一般的に言えば、サンタクロースと呼んで差し支えないものだった。
その姿を血まみれの男は上から下へ舐めるようにながめ、
「てめえええええええええええッ!!!! 何勝手に俺の絶頂邪魔してくれちゃってんのおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!? まあだああクリスマスでもねえええのにいいいいふっざけた恰好おおしやがってええばかにしてんんのかあああああああああ!!きえええええええええええええええええええ!!」
限界まで目を見開き、唾を盛大に飛ばしながら抗議をする。サンタは「ホッホッホ」と笑い、「邪魔なんて滅相もない」
「わしゃ、プレゼントを届けに来ただけ……」
「いらねええええんだよおおおおおおおおおおおおお!!!死ねくそがあああああああああああああああああ!!!!!」
サンタが言い終わるよりも先に男が動き出した。姿勢を低くしながら一瞬で接近し、手に持った包丁をサンタの頭に振り下ろす。
鈍い音がして、サンタの頭が床に釘付けにされたように思える。しかし、包丁によって釘付けにされたのは赤い帽子だけだった。
「……言わせろよ。少しはサンタっぽくしとかないと、カッコつかねぇ、だろッ!」
次の瞬間、サンタの赤い服が揺れたかと思うと、強烈な蹴り。
男の身体が宙に浮いて、落ちる。
「ごばあッ! て、てめええええええええ!!!!」
身体を起こしながら激高する男を目の前にし、サンタは少し重心を落として微笑む。
その姿は、先ほどの老人の姿ではなく、サンタ服を着た体格のいい中年の男のように見える。
「おイタが過ぎるてめえには、俺が届けてやるよ」
バキバキと指を鳴らし、サンタ服が男へ向け手をかざす。
「恐怖と、絶望をな!」
「ひゃはっははっはあああああああああッ!! なんだてめええ俺を誰だかわかって言ってんのかああああああ!? 俺はああ俺様はああ! 五年前にあった連続殺傷事件の犯人なんだぞおおおおおおおおッ!!!!! ひゃははああああああ! てめええごときに恐怖するわけねええええんだよおおおおおお!!!」
男が余裕の笑みを取り戻し、再び刃物を構える。
その様子を見たサンタ服が、かざした手を何かを掴むかのようにゆっくりと握った。
「ひゃはあ、なああにやってん……うぎゃああああああああああああああ!!!!」
突如男が発狂したかのように声を上げ、その場をのたうちまわりはじめる。身体を守るかのように両手で抱え込むが、
「ああああああああああああああうぎゃああああああああななああああ!」
ゴキ、グキ、と身の毛のよだつ音がして、男の身体が次々と不自然に圧迫されていく。
「てめええええええ、な、なにをしたああああああ!!!!」
苦痛に顔をゆがめながら男が叫ぶ。その叫びに顔色一つ変えず、サンタ服が答えた。
「知ってるか? 人間の子供は、人間の大人よりも、骨の数が多いんだ。お前、一度子どもに戻ってみろよ。お前の身体にある骨に俺が直接触れて、これから順番に全て折っていってやるから」
「な、なあああんだあああとおおおおおおお!? ぎゃああああああああああ!!!!」
何かをつまむようにした指を、グイとねじり、その動きに合わせて男が悲鳴を上げる。
「……ところで、クネヒト・ループレヒトって知ってるか?」
鈍い音。悲鳴。
「……いい子の下にやってきて、贈り物をくれるのがサンタクロース。なら、悪い子のところには誰が来る?」
鈍い音。絶叫。
「解答。……クネヒト・ループレヒト。通称、黒サンタ」
乾いた高い音。嘔吐。
「……いいこと教えてやるよ。サンタが一日の間に同時に、誰にも見つかることなく何人もの子どもへプレゼントを届けられる理由」
鈍い音。呼吸音。
「……サンタってのは、超能力者なんだよ。もっと言うとその能力は同時に複数への訪問じゃなく、タイムリープだったり、擬態だったり、読心だったりするがな」
鈍い音。荒い呼吸音。
「黒サンタも、同じでね」
鈍い音。無音。
「もっとも、使い方はぜんぜん違うが」
鈍い音。無音。
「あ? もう終わっちまったか?」
黒サンタは男に数歩歩み寄り、萎縮した身体を見下ろして、蹴りを入れる。
「おい。聞こえてんだろ? 気絶なんかさせねえよ。心が読めるって言ったろ?」
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
瞬間。
残された全ての力を込めたであろう男の刃物による一撃が放たれる。その切っ先は黒サンタの脇腹に突き刺さり、男は思わず笑みを漏らすが。
「――痛てぇんだが」
男の頭を踏みつけ、黒サンタは脇腹から生えた包丁を抜く。しかしそこからあふれるはずの鮮血は流れ出ず、男は顔面を蒼白にする。
「こんなもんじゃ死ねねぇんだよ、あいにく。……おい」
そして飄々とした様子で黒サンタは男に尋ねる。
「てめぇ、今どんな気分だ? ……伝わってくるぜ。お前の痛みが、恐怖が。でもな、まだまだこんなものじゃねえぜ、絶望ってのは」
底冷えするほど冷たい黒サンタの視線に、男の目が震え、涙があふれる。その目へと、男は容赦なく手に持った包丁を振り下ろした。
「いぎゃああああああああああああああ」
絶叫と、鮮血との中で、ふいに電源が切れたかのように男の身体が動かなくなる。
その様子を黒サンタは一瞥し、
「ショックで気を失なったか。やれやれ、気絶すんなって言ったのにやすやすと気を失いやがって」
見る影もない有様の男へ向けて唾を吐く。
「さてと」
黒サンタが少女の下へと歩み寄る。
「……お前、話せるか?」
その問いかけに、少女が顎をカクカクとかすかに動かして答える。
「ちょっと待ってろ」
黒サンタは少女の胸に手を触れ、
「少し、熱いからな」
少女の胴体がまばゆい光に包まれ、少女は黒サンタの予告通りに大量の熱を感じる。久々の感覚だった。大量の汗をかくほどのその熱量に意識があいまいになっていると、少女の耳に少しかすれた低い声が聞こえた。
「終わったぞ」
「え」と少女が声を出すと、その一瞬で身体に力が戻る。頭のてっぺんからつま先までの感覚がさえわたり、知覚の世界のへの生還を告げている。
「私……どうなったの? だって私あいつにひどいことされて……」
「あまり思い出さない方がいい。とりあえず、俺の力でお前の自然治癒力を極限まで高めて治療した。とはいえあそこまで見る影ない状態を復元するとなるとかなり力を引き出したから、本調子とはいかねぇはずだ」
立ち上がろうとして少女はよろめき、黒サンタがその身体を支える。
「ねぇ、あいつは? 死んだの?」
「気絶してるだけだ。とは言っても、もう全身骨なしだから何も出来んだろうが。それよりどうする? お前はアイツを好きにする権利がある。比喩じゃなく、煮ようが焼こうがお前次第だ。滅多にない黒サンタからのプレゼント。貴重だぜ?」
黒サンタが親指を立てて笑みを見せる。
少女はその様子に驚き、しばし考えてから、
「……さっきあなた、アイツとの話の中で、自分は超能力者で、過去に戻れるって言ってた。それは本当?」
「ああ。本当だ。何だ?もしかして過去に戻りたいっていうのか?」
「出来ないの?」
「できないことはない。だがどの時代のいつに戻って何を変えればアイツの行動を変えることができるかなんて、誰にもわからないからな。失敗して何も変わらない可能性もあるが……それでもいいのか?」
少女が頷くと、黒サンタはポリポリとその乱れた長髪を掻き、どこからかスマートフォンを取り出す。そのまま何かを操作している様子をもの言いたげに見ている少女の様子に気が付き、
「んだよ? このIT社会、サンタもスマホくらい使うんだぜ?」
「……そ、そうなんだ」
「あった。――年――日、〇〇連続殺傷事件、犯人、●●●●●、犯行現場……おし、コピペできたぜ」
「……アイツ……、私とそんなに歳、変わらないんだ……」
「そうは言っても、ああいう輩はもう人間じゃない。心を読んでみればわかる」
黒サンタが鋭く目を細め、男を一瞥する。
「……じゃあ、さっそく、いくか」
そう言うと黒サンタは少女を両手で抱きかかえ、少女に目を瞑るよう促す。かと思えば「あ」と声を出し、
「……名前は?」
「……は、波音」
「わかった。じゃあ波音、もう一度言う。目を閉じろ」
「――年――日、ジャンプ」
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