Phase02 報告

「そんな、せめて経費くらいお願いします!」


 ミチルが泣きそうな声を出しても、依頼人の男は取り合わなかった。

 ふんわりと柔らかそうなソファーに深く腰をかけて、険しい表情のまま黙っている。

「ほら、もう帰りなさい。任務は失敗なんだから、報酬が出なくても当然でしょう」

 ソファーの横に立っていた端正な顔立ちの青年が、ミチルをつまみ出そうとする。

「お願いします。今回の仕事で弾を使い果たしちゃったんです」

 ミチルは床に手をつき、何度も頭を下げた。


「確かに撃ち殺すのには失敗したけど、ターゲットは足を負傷して、議員を辞めることになりました。だから、目的は達成のはずです」


 必死の懇願に、依頼人の男は、面倒くさそうにソファーから立ち上がった。

 どしん、どしん、と音がしそうなほど重々しい足取りで、ミチルの前まで歩いてきた。

「たしかに、目的は達成したようなものだな」

「はい、だから」

「だが、失敗は失敗だ!」

 男はミチルの顔を蹴り飛ばした。


 ミチルの小さな体は空中に投げ出され、壁にぶつかって、地面に落ちた。

「卑しいガキめ。汚い手で絨毯に触れるな。いつまでも駄々をこねていないで、さっさと立ち去れ!」

「なんだと!」

「お前、日本人の振りをしているが、日本人じゃないだろう。朝鮮半島系か、それともインドシナ辺りか?」

「えっ」

「この国の国籍もないのに表の街をうろつけば、それだけで犯罪だ。これ以上ごねればどうなるか、分からんわけもあるまい」


 もう引くしかなかった。この街の法律では、ミチルのような流れ者に、人間らしい権利はない。治安委員に捕まえられたら、どんな目に遭わされるか分からない。


 くそっ、くそっ、くそっ。


 ミチルは唇を噛みながら部屋を出た。

 口の中一杯に、鉄臭い血の味が広がった。

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