第43話
翌週の月曜日の朝。週末をだらだらと過ごしてすっかり風邪が治った
作った朝食を家族とともに食べ終えた結子は、家を出た。
空は目に沁みるほどの青だった。この頃の晴天続きは、梅雨が上がったしるしだろうか。
門まで歩いたとき、結子は思わず目を疑った。門のそばに一人の少年の姿があって、それは
「何してるの、こんなトコで?」
「いや、偶然通りかかったものだから」
恭介は照れ笑いをしている。自分で言ったつまらない冗談に照れているのか、カノジョをわざわざ迎えに来たということに照れているのか。両方ともだろう、と結子は思った。恭介は、病み上がりだから心配だったんだ、と続けた。
結子は手を差し出した。
「じゃあ、お願いします」
「え、いや、それは……」
恭介は言葉を濁した。結子は、じとーっとした視線で追撃をかけた。
二人の間に沈黙が流れる。
やがて恭介は結子の手を取った。勝ったことに気をよくした結子は、しかし、「冗談だよ」と言って、舌を出した。それから手を放す。恭介はちょっと怒った振りをしつつも、ホッとしたようである。
二人は歩き出した。
結子は、
「構わないよ。毎日会ってるわけだし」
「でも、この週末は会えなかったでしょ。寂しかった?」
「寂しかったし心配したよ。食事ものどを通らなかったくらいさ。一日三食しか食べられなかった」
「一日三食? それじゃあ、ますます細くなっちゃうね」
しばらく結子は口を閉ざしていた。できるだけ恭介の方を見ないようにして前だけを向く。どうして彼が迎えに来てくれたのか、と考えれば、恭介が自分で言った通り心配してくれたということもあるだろうが、それプラスおそらくは先週の金曜日の件である。話したいことがあるのだ。
こちらから水を向けてもいいけれど、男の子のプライドを重んじた結子が礼儀正しく、沈黙を守っていると、
「そう言えばさ、昨日、川名に会ったよ」
恭介の口から出てきたのが、二人の話と全く関係が無い女の子のことだったので、びっくりした。結子は、ちらりと恭介を見た。恭介は結子を見ないようにしている。一回だけは許してあげようと結子は思った。そうして、
「カノジョといるときに、他の女の子の名前を出すなんて。しかも美人の名前を!」
とぷりぷりした振りをした。
「いや、そういうつもりは」
「それで?」
「それでって?」
「カノジョに隠れてこそこそ他の女の子と何してたの?」
恭介は苦笑した。
「たまたま本屋で会っただけだよ。それに、向こうはカレシと一緒にいたし。カレシを紹介された」
このカレシというのが言っては悪いが、学校一の麗人である川名女史とは全く釣り合わないような男の子なのだから世は不思議である。別に、素行が悪いというわけではない。美少女とヤンキーが付き合うというのは良くあることではあるが――ちなみにあの現象は、人間は自分に無い物を求めるから起こるのではないかと結子は分析している――そういうことではなく、むしろその逆である。このカレシというのは平凡を絵に描いたような少年で、一見してでは川名女史のような人がどこに魅かれたのかさっぱり分からないような子なのだ。
「多分、タマキは何か勘違いしてるんだと思う」
とは、川名女史の友人で結子の友達でもある
――がんばれ、佐藤くん! ……ん? 加藤くんだったっけ? ……まあいいや。とにかく、ガンバレ!
結子は、川名女史のカレシに向かって、すなわち自分自身に向かってエールを送った。
そんなことをしているうちに、いつも待ち合わせをしている公園についた。
門の前で、恭介はおもむろに足を止めた。
「ユイコ、ちょっと話したいことがあるんだ」
結子は、こくりとうなずいた。
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