第13話
その日の残りも
――きっと、わたしのことをひそかに好きだった子もいるに違いない。
結子は、背が高くて色が白くて頭が良くてスポーツができて優しくて可愛くてたまにちょっと意地悪くて家がお金持ちの男の子から求愛されている図を想像して、ため息をついた。
一方、絶交された少年の方も自ら話しかけてきたりはしなかった。彼はクサレ縁の女の子の怒りが治まるのを静かに待つつもりなのだろう、と結子は思った。それが無駄な努力であることをやがて知ることになるだろう。結子は、今後一生涯……とは行かないかもしれないが、せめて中学校在学中は、もう二度と大和と話さない決意を固めていた。
そうして全く大和と話さない日々は過ぎ、瞬く間に一週間が経った。
クサレ縁の子と話をしない一週間は、結子にとって、それはそれは普通の時間だった。
「何だ、こんなもんなんだ」
少しは寂しかったりするかもしれないゾと己の隠された繊細さに密かに期待していた結子だったが、期待外れだった。大和と話をしなくても、サンライズ、サンセット。一日は終わり、次の日がやってくる。それを七回繰り返して新たな週を巡らせた。ただ、それだけの話である。
抹茶オレという飲み物がある。
甘くした抹茶にミルクを混ぜた、世にもメルヘンチックな飲み物である。
しばらく前まで結子はこれを愛飲していた。
「わびさびを感じることができて、しかも甘いなんて奇跡だなー」
日本人として生まれたことへの感謝に胸を震わせつつ飲んでいたわけだが、ある時ぴたりとやめた。髪の生え際にニキビができたからである。ニキビの出現とかの飲み物との因果関係は明らかでなかったが、しかし少なくとも当該飲料が美容に良いものでないことだけは確かだと思われた。それだけでやめる理由としては十分であった。摂取をやめてから幾日かは禁断症状が襲ってきて、むやみに家族に当たり散らしたり――もっとも被害を受けたのは年若い弟である――したわけだが、そのうち飲まないことに慣れてしまった。飲まなくても平気でいられるということは、そこまで必要なものではなかったということだと結子は思う。
大和のこともこれと同じである。
接触しない状態で平気でいられるなら、大和との関係も抹茶オレとの関係のごとし。彼は、結子の人生にとって必要不可欠なものではなかったというわけだ。
「さようなら、ヤマト。今までありがとう、抹茶オレ」
大和にしても、結子に話しかけてきたりはしなかった。何で怒られているのか分からないにせよ、これまでの経験上、
「まあ、一週間くらいすれば元通りになるだろう」
とカルい気持ちで考えているのに違いない。しかし、今回はいつもとは違うのだ。これからもこれまでと同じことが続く、などという考えは実に浅はかな考えである。人は時々刻々と変化する。昨日と同じ明日など二度とない。とはいえ、そう言って大和を責めたとしたら、それは酷というものだろう。なにせ、彼は事情を知らないのだから。結子としては、
「自分で処理できずに、幼なじみに泣きついた」
などと明日香に思われでもしたら結子の沽券に関わる。それに、大和がどうしても知りたければ、明日香から何とかして訊き出すだろう。知りたくなければそれはそれで構わない。大和に知ってもらいたいという気持ちは結子には特にない。
結子と大和の当の二人が静かな代わりにその周囲が騒がしくなった。よく話をしていた二人が一日中一言も言葉を交わさない。そればかりか目を合わせようともしないので、一体何事が起ったのだろうかと、心配そうに接してくるクラスメートたち。
「謝った方がいいんじゃない、ユイコ? どうせあんたが先に手出したんでしょ。それとも足?」
「いや、岩瀬くんに謝らせた方がいいよ。下手に出ると男はすぐ調子に乗るから」
「謝るとか抜きにして、フツーに話しかければいいんじゃない? 岩瀬くん、もう気にしてないかもしんないし」
「そうそう。女は度胸だよ、ユイコ。ガンバレ!」
「わたしたちでヤマトくんと話ができるようにセッティングしてあげよーか?」
まことにありがたい、忠告、励まし、提案の数々に結子はげんなりした。心配してくれるのは有り難いが、そもそも心配されるような件ではない。それに、彼女らの心配の半分は好奇心でできており、残りの半分は、
「幼なじみ同士は仲良くしてるのが当たり前。付き合えばなお良し!」
という乙女チックな価値観でできている。
つまり彼女たちは全く心配などしていないのであった。
かくもありがたい友情に対して、結子は「ほっといて!」と素っ気ない声を返した。
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